カジノロワイヤルの手帖

banのスットコドッコイ映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

東北ぐるぐるツアー(顛末):4日目

というわけで誰が読んでいるのか判りませんが書かないと気が済まないので書きますよ。つづーきー。
さて二戸市を出た我々は、さらに進路を北に向けて青森県に突入。新郷村というところへ向かいます。ここは山あいの静かな農村ですが、「キリストの墓」(画像)があることで好事家にはつとに有名なところ。いわれはこのあたりを参照の事。信憑性についてはどれだけ眉に唾しても足りない感じですが、この辺りの地名がヘブライに由来しているだとか、赤子の額に十字を書き付ける習慣があったとか、「ナニャドヤラ」という括約筋もゆるむ脱力の民謡が古代ヘブライ語に直すと何だか神を讃える大層な意味になってしまうとか、この墓を代々守ってきた一族の家紋が他ならぬ六芒星であるとか、いろいろ状況証拠が揃っていてなかなか面白いです。墓の横にはイスラエルから友情の証として送られた石碑なんてのもありましたが、かの地の敬虔なかたがたがこの話を聞いて一体なんと思ったのかつい心配になります。
新郷村を抜けて十和田湖へ。十和田湖奥入瀬渓流沿いに下ったのち、八甲田山を越えにかかります。ここは例の有名な遭難事故で名高い山ですが、その事故の事実を後世に伝えるための銅像が山中に立っており、茶店なぞも出来ててけっこうニギニギしてるらしいので寄ってみました。茶屋に併設されて「鹿鳴庵」という資料館が立ってたのである種の義務感から入ってみましたが、遭難のあらましから遭難者の写真(生前のものから遺体まで各種)、遺品のかずかず、生還した人たちの凄惨な姿(ひどい凍傷のため、五体満足だった人はほとんどいなかったとのこと)、とどめに館の一番奥にヌッとたたずんでいる慰霊の観音様。というわけで観終わる頃にはすっかり重苦しい気分に。そもそもこの銅像の立っている場所とその周辺はご遺体が多数見つかった場所ということで、夜ともなればここは日本でも屈指の心霊スポットと化す場所です。昼の八甲田はたいそう風光明媚なところですが、夜ともなればそれはそれは恐ろしいところなのです。
以前ここのさる温泉に泊まった際、日もすっかり暮れてからバスで宿に戻ったことがあります。山中の停留所で降りてバスが去ってしまうと、周りはそれこそ墨汁に浸したような完璧な闇と化し、一歩薮の中に分け入れば二度と戻ってこられないような、そんな底の知れない闇に包まれました。翌日、バスで山を下りましたが、十和田に出るまで何キロかの道のりの間、何台もの車が道をはみだして何メートルか下の薮の中に落ちているのを目の当たりにしました。夜の八甲田とはげに恐ろしき逢魔の山なのかもしれません。
話がそれましたが…、八甲田を抜けると青森市に入ります。ここで向かうのは三内丸山遺跡。史上最大級の縄文都市遺跡として、考古学マニアは足を踏み入れようものならどこから見ればいいのか迷って金縛りになるであろう盛りだくさんの遺跡群。遺跡周辺はすでにインフラの整備が終わっていて、エントランスや展示館などは実に立派のひとこと。遺跡の展示も保存も万全。資料館は豊富な出土品が剥離標本化された地層などとともに展示されており見応え十分。土産物あり、映像系のインスタレーションあり、縄文を題材にしたゲームコーナーあり、さらに館内のレストランには縄文パフェなんて気分満点のメニューもあって実に力入ってます。しかし最もビックリしたのはこれだけの充実した設備と環境でありながら入場が無料だったことで…いったいどこから運営費が出てるのか。国か。やはりそれだけの価値のある遺跡なのかのう、とも思いましたがしかしこの太っ腹はどうだ。ひとり300円くらい取っても全くバチはあたらないと思うがどうか。いや別にいいんですが。
さて三内丸山遺跡を跡にした我々は、ルートを更に北にとります。下北半島を北上して、一路むつ市へ。明日はこの旅を締めくくる(のか?)にふさわしい場所、恐山へ。以下次回。