カジノロワイヤルの手帖

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「阿修羅ガール」舞城王太郎

阿修羅ガール (新潮文庫)
舞城王太郎の小説にはある傾向があるように思います。小説は一人称形式で、かならず主人公は一本芯の通った人物であり、自己や自己をめぐる人々、自分の過去やこれからの事柄についてとても透徹として確固たる哲学を持ち、その確固たるところがとても魅力的なのですが、主人公が男の場合は、自分の過去をとても重荷に感じていて、それを肩から降ろしたがっている傾向があるのに対して、主人公が女の場合は、どれもこれも男以上に行動的で、前向きで、自分を襲う数々の困難を猪突猛進的な勢いで排除してゆきます。
その差はなんなんでしょうかね。やはり作者自身が男なので(いやホントのところは判らないけど)、女性が主人公のときは一人称視点の時でも作者自身の視点は主人公の外部にあるからなのでしょうか。この作品も女性が主人公ですが、いろいろ悩んだりへこたれたり頭を金槌で割られたりもしながら、でも基本的には自分の直感に忠実に行動し、考え、その結果が良くても悪くても、最後はもう少し頑張ってやっていこう、と可愛く前向きになってしまうあたりが非常に魅力的であります。
あとねえ、この人が巧いのは小学生〜高校生が主人公になってるときの、子供の日常のリアルさ。これは作者とオイラの年代が近いせいかもしれませんが、地方の子供の生活を描写したときのリアリティはずば抜けたものがあると思います。短編「熊の場所」で小学生の主人公が友達と学校の帰りに「バイヨー!」「バイヨー!」と別れの挨拶をするあたりの描写はまさにあんたわしらもその通りだったよとしか言えない的確さ。そうそうそうそうそんなだったよ、と納得の嵐。この子供たちの活写ぶりもこの人の魅力です。