カジノロワイヤルの手帖

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「イニシエーション・ラブ」乾くるみ

イニシエーション・ラブ (文春文庫)
と、そう思って布団の汗も乾かぬうちに読み始めたのがこの本。やはり浪漫堂の店長に「いやこれもビックリだから…」と勧められて買いましたが、なんだこのケータイ小説みたいな題名と装丁は。なんかのう。いや、しかし病床という読書にうってつけのシチュエーションでもない限りこの小説を開く事はないかも知れない。と思って騙されたつもりで読み始めました。話は、大学四年の「僕」が代打で呼ばれた合コンの席で彼女に出会い、惹かれ…という80年代バブル期を舞台にしたストレートな恋愛小説。「僕」がクリスマスイブのホテルの予約を取るがため必死になるあたりが当時の空気を今に伝えており思わずにがーく笑ってしまいますが、そういう時代設定も含めて甘くて苦い恋愛小説となっております。わっしゃーなんでこんなん読んどんじゃい。と時折思う瞬間も無くもないですが、しかしいつしか劇中のカップルを巡る運命に感情移入して読んでいるおのれがおる。えええい!遠距離恋愛の話は身につまされるんじゃ!えええい切ない!と思いつつ終盤まで読み進めましたが、しかし一向にフツーの恋愛小説でいったいこれで何がビックリできるのか。文庫版の裏表紙には「最後から二行目で本書は全く違った物語に変貌する」というこれまたミステリ好きを煽る文字が踊っておりますが、しかしこれ残り数ページになってもミステリの臭いが全くしてこない。っていうか殺人も犯罪も起きない。ぬう…と思いながらたどり着いた最終部分。一瞬何気なく読み飛ばしてしまいましたが、ちょ、待て。どういう事だ…。と引っかかりを感じて否応無しに最初からディティールを再確認するおのれがおりました。
結果、…やられたー!そして戦慄しました。こえー!リアルにこえー!あまりの生々しい恐ろしさにキュン玉が恥骨の下に引っ込みそうです。こいつは狭義のミステリではありませんが、読後感は確かにミステリです。純然たる恋愛小説でありながら、しかも読者を二重三重に驚かせるという構造をもった見事な構成の「トリック小説」であります。いやーしかしなまじ感情移入して読んでしまっただけにこの真相は応えるなあ。とにもかくにも人が全く死んだり殺されたりしない、罪体の全く発生しない小説でありながら、こういうトリックを組み込ませてしまった作者の着想には脱帽です。
しかし、これもやっぱり叙述トリックなんですね。やはり昔ながらの本格推理で大向こうを唸らせるトリックってもう枯渇したのかしらん…と思わなくもない。でもいつかは度肝を抜いてくれる大傑作にぶち当たる事をあきらめずに本漁りを続けたいと思います。以上。