カジノロワイヤルの手帖

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書を捨てよ町へ出よう

書を捨てよ町へ出よう [DVD]
監督:寺山修司。1971年、『田園に死す』の3年前に撮られた作品です。初っ端から主人公の青年が「映画館の暗闇に座ってても何も始まんないぞ」と観客をアジります。このアジテーションがこの映画の全てを物語っていると言っても良い。そのくらいの切実さがこの語りにはこもってます。あとはJ・A・シーザーのヘヴィーな音楽が素晴らしい。ある意味ロックオペラアヴァンギャルドな映像の断片を音楽と歌詞が繋ぎます。ストーリー的なものはかなり希薄ですが、一応軸としては「青森から東京へ出て来た若者(童貞)の悶々として出口のない日常」で説明可。特に「童貞」というキーワードが重要で、ドーテー独特の煮え切らなさ、大人になり切れていない感じ、くすぶっている感じ、それを解放したいのにできないもどかしさ、そういう悶々とした感情がニキビのように吹き出して表現になっているという童貞力をエンジンにしたアヴァンギャルド童貞ムービー。


あと、1971年当時の前衛芸術がどうだったか、というものをアクチュアルに伝えてくれる記録映画としても興味深いです。巨大なチンコ型のサンドバッグを路上に吊るして警察がやってきたりとか。壁に「町は開かれた書物である」と大書したりとか。最後、映画はまたメタ視点に戻って、主人公の青年の語りかけで幕を閉じます。背後にはそれまでの登場人物が舞台装置のように微動だにしないでたたずんでいる。冒頭の語りといい、終幕の語りといい、この映画はしばしばスクリーンを突き破って観客を相手にパンチを繰り出してきます。その挑発的なスタンスがスリリングです。しかしそこはそれ、やはり前衛映画ですので「考えるな、感じるんだ」というブルース・リー師父の教えを守らないと吹き荒れるナゼの嵐に翻弄されっぱなしになるのでそのつもりで鑑賞に臨む事が肝要かと思われます。


ちなみにこの映画、クレジットの類いが一切入ってません。そのかわり、最後にカメラがおそらく全スタッフ・キャストの顔面を順繰りに映してゆき、これがスタッフロールの代わりになってます。最後から2番目に映されるのが寺山修司ですが、そのツラ構えの不敵なことといったら…。この不敵さはやっぱり観客を挑発してますね。修司め!