カジノロワイヤルの手帖

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オール・ザット・ジャズ

オール・ザット・ジャズ [DVD]
仕事と女に情熱を注ぎ、毎日ヘトヘトになりながらも、朝にはシャワーを浴び、アルカセルツァーを飲み、目薬を差し、髪を整え、デキセドリン(興奮剤)をキメて、男は今日もまた仕事に出かけるのであった。鏡に向かって、"It's Showtime!"という台詞をキメて…。


いや、これはいい映画でした。監督:ボブ・フォッシー。ブロードウェイの振り付け師、演出家を経て映画監督になったこの人の半自伝的作品。アカデミー賞作品賞ノミネート。カンヌ映画祭パルム・ドール受賞。映画は死に瀕した主人公の、死の直前の仕事ぶりと今際のキワの走馬灯がカットバックされます。現実の方では舞台演出家兼映画監督の主人公ギデオン(ロイ・シャイダー)のモーレツな仕事ぶりと、ただれた女性関係と、娘への愛情が時に歌と踊りを交えて描かれ、走馬灯のほうではギデオンが天使(ジェシカ・ラング)を相手にこれまでの人生を述懐し、それらが交互に描かれつつ、現実でも走馬灯でもギデオンは徐々に死に向かい、最後は現実も走馬灯も一緒くたになって「バイバイ・ライフ」の熱いパフォーマンスの幻想とともにギデオンは一生を終えるのでした。


現実パートの方はブロードウェイの舞台の準備が主な軸で、冒頭のオーディションのシーンや中盤の稽古のシーンなど、華麗な振り付けと編集で魅せます。このへんはボブ・フォッシーの真骨頂。さらにロイ・シャイダーのギデオンが他の追随を許さない素晴らしい伊達男っぷりで、引き締まった肉体にスラリとしたシルエット。そして仕事には妥協が無く女にはモテモテ。酒とタバコには目がない。と、こりゃあもう爆裂にカッコいいですよ。冒頭に掲げた"It's Showtime!"のシーンが劇中何度も差し挟まれますが、下手するとイタいとくっさいのダブルトラップに堕ちそうなシーンにもかかわらず、これが嫌味なくサマになってるのが凄い。




しかしギデオンは次第に精神を磨り減らし病魔にも冒されて、"It's Showtime!"の台詞からだんだん覇気が失われてゆきます。切ないです。つらいです。しかし最後までギデオンは仕事と女への情熱を失わず、命を縮めてまで己のやりたいことを貫くという「しょんぼりと長生きするくらいなら、張り切って早死にしたほうがマシ」という哲学を実践して最後はやっぱり死ぬのですれど、でもそこには辛気くささはみじんもなく、自惚れの強い伊達男の、バカだけど切なく粋なヤセ我慢がやたら格好いいのです。


現実と幻想のカットバックが次第にその境界を曖昧にしてゆくという描写において、この映画の構成には素晴らしいものがあります。終盤に近づくににつれて現実が溶解し幻想が現実のように描かれるプロセスは見事の一言。そして幻想のシーンで繰り広げられる最後の一大ショー。「バイバイ・ライフ」がヤケクソのように盛り上がってフィナーレを迎えたあと、映画は死体袋のファスナーを締める「ジィィィッ」という音で全てを締めくくります。この散々盛り上げて突き放す感じもたいそうシニカルで心に残ります。


この映画にかぶれた人はかなりの高確率でギデオンを真似て鏡の前で"It's Showtime!"とキメてみたくなると思いますが、やはりここは慎重を期して周囲に誰もいない時を狙って行うことをオススメしたい。下手に家族などに目撃されるとキメたつもりが逆にいたたまれなさ爆発という大惨事になると思われます。気をつけましょう。