カジノロワイヤルの手帖

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地獄の貼り紙部屋 〜その5〜(追補)

先日のエントリにて新作発表の報告をしたばかりですが、昨日の通勤時に再度現場を通りがかりましたところ、ポスターの横にさらに貼り紙が!しかも何やら長々と文章が書かれているご様子。気付かれたか?「勝手にポスターを撮影してブログにアップしないで下さい。一生うらむから!」とかそういう怨み節が綴られているのか。近寄ったら窓がガラッと開いて眼の血走った方がデカい三角定規で殴り掛かってくるのではないか。とかなりビビりましたが毒食わば皿とかテーブルとか床とかまでの心意気で撮影を敢行して参りました。











まずはポスターと貼り紙全景。


そして貼り紙部分の拡大


…。


「読み解く」ときたか…。この文面から想像できることはいくつかあります。まず、<勘違いしていた お兄ちゃん達へ>とありますが、これが例えば知人や友人であればわざわざ貼り紙を使ってメッセージを発する必要がないわけで、この「お兄ちゃん達」(複数形なのに注意)とは通りすがりの人を指すものと思われます。そしてその通りすがりの「お兄ちゃん達」が道ばたでアレコレとこのポスターについて論評しているのを、作者は部屋のなかからじっと聴いていたのではないかと思われます。で、「お兄ちゃん達」が「これタマじゃね?」と作者の意図に反した勘違いをしているのに気付いた作者は、どうしてもその勘違いを指摘せずにはいられず、あの幼児(たぶん名前は「ダラちゃん」じゃないかと)に代弁させる形でつい貼り紙ってしまったと。


これは音楽とか絵とかサイト運営とかをやっている人なら判ると思いますが、自分の創作物が他人にどう見られているか、どう評価されているかを知りたいと思うのはごく当たり前のことで、自分の作品についてやはり作者は何らかのレスポンスが欲しいのではないか。しかし貼り紙という照射範囲の極めて狭いメディアであるために評価がダイレクトに返ってくることはなく(あっても苦情だったりとか)、がために余計評価されたいという欲求が高まり、それが嵩じて窓の外から聴こえる間違った解釈に敏感に反応。すぐさまそれに対するやんわりとした抗議を実行に移した…というのは今オイラが勝手に妄想した推論ですが、半分くらいは当たっていそうな気もしないでもない。まあ昨日のエントリでも書きましたが作者が完全に好きで描いているのは間違いなく、路上駐車とか路上喫煙の弾劾という目的はもはや形骸化したも同然でして、今後さらにどのようにエスカレートしてゆくのか、引き続きそっと見守りたいと思います。っていうかアッガイは?アッガイは?