カジノロワイヤルの手帖

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ヒストリー・オブ・バイオレンス

ヒストリー・オブ・バイオレンス [DVD]
監督:デビッド・クローネンバーグ、主演:ヴィゴ・モーテンセン。物静かなよき勤め人であり、二児のよきパパであり、よき夫でもあるヴィゴ父さん。職場のカフェでは信頼も厚く、子供たちからは慕われ、奥さんとは毎日「愛してるよ」「愛してるわ」とウザイほど愛を確かめあい、たまに子供たちがいない晩などは奥さんがハッスルの余りにチアガールのコスをして濃厚な営みに突入したりと、平穏で充実した生活を送っていました。しかしヴィゴ父さんの勤めるダイナーに二人組の強盗が入ったときからヴィゴ父さんの人生は予定からズレ始めます。最初は事を荒立てないよう従順に強盗のいう事に従ってたヴィゴ父さんですが、強盗が拳銃持って狼藉を働こうとしたのでとっさに銃を奪い余りにも鮮やかに二人組を射殺。自分も負傷しますがヴィゴ父さんは町の英雄としてデカデカと全米中に顔をさらされるハメになり、参った参ったもうフツーの暮らしに戻りたいと思った矢先、ダイナーにエド・ハリスを始めどう見てもその筋の方々がやってきてヴィゴ父さんに「おひさしぶり」とご挨拶。実はヴィゴ父さんは組を勝手に抜けたマフィアの大物で昔はエド・ハリスの眼球に有刺鉄線を突っ込むなどのヤンチャを繰り返していたと言うからビックリです。ヴィゴ父さんはそれを否定しますがその筋の方々の執拗なつきまといに遭い、家族は次第にヴィゴ父さんへの疑惑を募らせてゆく…というお話。




監督がクローネンバーグですし、タイトルもタイトルだし、何より冒頭の長まわしによる二人組の強盗の人殺し行脚に倦み疲れた感じが非常に不穏で、こりゃあ映画の後半は血と血で血と血を洗い倒す壮絶なバイオレンス合戦か!と不穏当な期待とともに観ててましたがそういう期待は持たない方がモアベターです。暴力描写はあくまでリアリズムを感じる程度にまで抑制され、この映画を絵空事でない世界に踏みとどまらせています。この映画の真の主題は家族愛です。尊敬する父がかつてナマハゲよりも怖い人殺しのプロだったとしたら?愛する夫の過去が実は嘘ばっかりで昔はマフィアでブイブイゆわせていた極悪人だったとしたら?そういう真実を突きつけられた家族がその現実とどう向き合うか。また、自分の消したい過去を暴露されてしまったヴィゴ父さんがこの事態にどういう始末をつけるのか。そこにドラマは焦点を絞ってきます。なので観ている間はヒジョーに居心地が悪いというか、針のムシロってこういう感じなのかとか、うっわー気まずーという濃厚な沈黙を胃もたれするほど味わわされたりとか、およそ娯楽映画とはほど遠い状態に突入。昔の日本映画みたいな葛藤ドラマが展開されます。


ラストは一応伏せておきますが、個人的には「血は泥よりも濃い」というフレーズが心に残るスライ・ストーンの名曲「ファミリー・アフェア」を思い出したり、楳図かずおの「おろち」のあるエピソード(長年憎み合って生きてきた家族が、憎み合いながらも長年生活を共にしたが故に実は家族の絆を失っていなかった、という話)を思い出したりした、ということでお察しいただきたい。しかし決してハッピーエンドではなく、この後家族に訪れるであろう様々な葛藤、衝突、後片付けをにおわせながら映画はブッツリと終わります。このブッツリ感がまた居心地悪くてコクのある余韻が残ります。気まずいシーンマニアは必見の異色のホームドラマ。「渡る鬼」なんかで唐突にこういう展開が出てきたら面白いなあと思いました。おわり。


おまけ。ヴィゴ父さんのかつて兄弟で、今はマフィアの大物になったおっさんの役でウィリアム・ハートが出てて、なんでかこの人がアカデミー賞で助演男優賞にノミネートされてましたが、正直どのへんがノミネート対象になるのかさっぱり判らなかった。どうせ賞をあげるんだったら前半はチアガールのコスで頑張り後半は不安と葛藤のダブルパンチで凹みまくってた奥さん役の人がいいのにと思いました。マル。