カジノロワイヤルの手帖

banのスットコドッコイ映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

僕らのミライへ逆回転

Be Kind Rewind
えーというわけで観てきました。例の「窓口でハッピーエンドのVHSソフトを見せると千円に割引」サービスですが、劇場に赴くと「そのビデオの内容が如何にハッピーエンドであるか」をとくとくとプレゼンせねばならぬというシビアな内容でした。どうやら窓口に判定員が忍んでいたらしい。いやービデオ持参しなくてホントによかった。「この映画はどうハッピーエンドなのですか?」「えーいやその、なんだ、最後に阿蘇山が大噴火してショーン・コネリー浜美枝がゴムボートの上でチューをします」とか「迷子になってた子猫が色々あって最終的には無事飼い主の家に帰ります」などと初対面の劇場の人に映画の幸せ結末を語り聞かせなければならないという未曾有のプレイを強いられるところでした。実に危ないところでした。ふう。


それはさておき映画です。内容は今更説明する必要も無いと思うので各々ググるなり何なりしてください。個人的に一番グッと来たポイントはこれ。この真理。


「この世で一番面白い映画は、自分が作った/出ている映画である」


それがたとえ退屈きわまりない結婚式のビデオでも、運動会のビデオでも、撮った本人や映っている本人にすればそれは何回観ても飽きないものなのです。自分が撮った映像、自分が出ている映像、知っている人が撮った映像、知っている人が出ている映像。それらはどんな傑作映画とも違った興奮を当事者にもたらします。「あ、いま映ったのオレでしょ?オレだよね?」たったこれだけのコトで盛り上がってしまえる我々。この映画の主人公たちはその単純な真理に支えられ、自分たちのみならず、街の人々を巻き込んで「オラたちが作ったオラが街の映画」を作り上げます。この映画を上映する話の終盤はあまりに他愛なく、作った映画そのものもチープの極みなのですが、しかしそこに溢れる無邪気さはいつの間にかオイラの胸を熱くします。映画を撮るということのプリミティヴな喜びがこの映画には溢れています。


監督はミシェル・ゴンドリー。PVの監督として数々の驚くべき映像を創造してきたこの人は、この映画でもお得意のアナログでチープで手作り感タップリでそれでいて驚くようなアイディアに溢れた仕掛けで観客を魅了します。ただ、ストーリーテラーとしてはまだまだこなれていない部分も多いのが惜しい。惜しいけどそこを完璧にしちゃったら完璧であるが故に魅力が目減りするかも知れない。何言ってんだオイラ。しかしこれが完璧に練りに練られた一分の隙もない工業製品のような脚本だったらこの愛しい手作り感は薄くなっていたかも知れません。


たぶん一般受けはしない映画だと思います。ただし、それが映画だろうがプライベート・ビデオだろうが、一度でも8mmフィルムやビデオカメラをいじったことのある人ならば、ピンと来るところがある映画でしょう。それは単なるレトロ趣味ではありません。たとえFlashWebカメラやデジカムといった最新の技術であっても、映像を作る人が一度は味わうであろうコーコツをこの映画は魅せてくれます。元映研部員必見のラブリーな一本。あとミシェル・ゴンドリーのPV集、新しいやつ出ないかな。欲しいな。