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カジノロワイヤルの手帖

banのスットコドッコイ映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

007/慰めの報酬

007/慰めの報酬 オリジナル・サウンドトラック
早いもので小学生のころから007ファンをやって四半世紀余り。待望の新作が公開となったので初日の初回で観てきました。ちょっと席の場所が悪くて、画面は近すぎるわ後ろで小学生の集団がしじゅうゴソゴソやっとるわで万全の環境ではありませんしたが、とにかく初見の感想をば。


タイトでシビアなアクション映画の傑作。必見。


上映時間が二時間を切っているというシリーズ最短の尺でありながら、激しいアクションシーンがコレでもかコレでもかと詰まっており、シリーズ中でも屈指の動きある一本になってます。細かい編集とアクロバティックなスタント。『カジノ・ロワイヤル』の工事現場アクションのようなシーンが次から次へと連射されると思ってよろしいかと。編集が余りに細かすぎて前方の座席から観てると目がチカチカして何だか良くわかんないのが玉にキズですが、カーチェイス、肉弾戦、銃撃戦、バイクアクション、ボートアクション、戦闘機による空中戦、などなど定番は一通りありまっせ状態の大サービス。無いのはスノーアクションと水中戦くらいですが、おそらくそのへんの取りこぼしたネタは次回作に盛り込んでくるでしょう。


物語は完全に前作の続編であり、前作で何があったのかを把握してないと全編にわたって何の事やらという事態になるのは確実なので、鑑賞の直前に『カジノ・ロワイヤル』を観て予習しとくことを
強く
おススメします。まあ前作を観ていなくても単純にアクション映画として楽しめないことはないですが、それはハッキリ申し上げて大トロの握りをサビと醤油とお茶無しで食べるような行為なので非常にもったいない。前作の内容を知っているか否かで物語の味わいが格段に深まることは間違いないので、『カジノ・ロワイヤル』を未見のまま劇場に赴こうとしている方々を片っ端から捕まえて「悪いこたあ言わねえ。前の巻を観てからお出かけなせえ」と江戸っ子口調で諭して廻りたい気分です。


ここからちょっとネタばれなのでしばし改行します。

















シリーズを全く異質な方向へと転換させた前作ですが、今作もその方向性を保っており、話の内容は非常にシビアです。前作はイアン・フレミングの原作を割と忠実になぞっていることもあってか、MI6の作戦(テロリスト相手に国家予算を使ってポーカーで勝負)が冷静に考えるとちょっと待てオマエというようなツッコミどころもあった訳ですが、さすがに今回はそういうところは無く、ボリビアの水資源を独占して利益を上げようとする環境団体の代表ドミニク(マチュー・アマルリック)と、それを阻止するボンド、という非常にトピカルなプロットとなっております。それと並行して、謎の女カミーユ(オリガ・キュリレンコ)の復讐、そしてボンド自身の復讐、さらにはそれら個々の思惑を飲み込む国家同士の利害、グローバリゼーションと資本家による発展途上国からの搾取などなど、事態は複雑さを増し、シリーズ中でも屈指のシビアかつリアルな内容です。


特に今回大きいのは、国家や思想に関係なく利潤を追求する謎の組織"QUANTUM"(「分け前」の意)の存在が示唆されたことで、これは以後かつてのスペクターのような位置づけの組織になってゆくと思われますが、国家思想信条に関係なく、利潤追求のためにはテロも起こせば資源の独占もやる、という死の商人のような活動方針が現在の世界情勢を反映しており、前作でチラリと言及していた9.11以降のスパイ映画が標的にするべき悪を今作で決定づけたと言ってもいいでしょう。そういう意味で、今回の悪役であるドミニクが、痛覚がマヒしてたり顔面にダイヤモンドが埋まってたり目から血の涙を流したり乳首が三つあったりというようなイアン・フレミング的フリーキー悪役ではなく、パッと見が実に如才ない実業家風味(中身は腹黒の極み)であるのは非常に納得がゆきます。いまや世界を支配しようとするならば、武力ではなく資本でしょうと。怖い顔で凄むよりは笑顔で皆から金を巻き上げるのが現在の悪人であると。かつて世界中の企業を食い物にしまくっていたハゲタカファンドを何となく連想しますね。


この"QUANTUM"は様々なところに人材を送り込んでおり、MI6の中にまで内通者を作っていたという恐るべき組織ですが、逆に言えばそれだけモラルが崩壊してカネがモノを言う時代になっているということでしょうか。とにかく誰も彼も利益という担保が無ければ信用ならない状態になり、これならまだイデオロギーの衝突であった東西冷戦のほうが状況が判りやすかったとも言えます。前作でM(ジュディ・デンチ)がぼやいていた「冷戦時代が懐かしいわ」という台詞がここで実感を伴ってきました。なにせこの映画ではボンドすら敵側に寝返るのではないかと疑われ、CIAから命を狙われる立場になるのですから時代は変わったもんです。


その一方でボンドは、前作の心の傷を思いっきり引きずっており、ナイフみたいに尖っては触るものみな傷つけるどころか殺す死なす地獄に送ると言った案配で大暴走。ついにはMI6からも危険人物としてマークされ、あげく単独行動に出て行く先々で敵を地獄の待合室に叩き込みます。果ては「ボンドは敵側に寝返るかも知れん」とCIAやイギリス政府からもマークされ、一体誰を信じたらいいのかという仁義レス四面楚歌の中、「私はボンドを信じます」と啖呵を切ってボンドを支援するMには「さすが母ちゃん("Mam")!」と拍手を送りたくなります。っていうかジュディ・デンチのMに拍手したくなったのはこれが初めてかも知れません。ふだんガミガミうるさいけどフトコロは大きいという意味で劇中皆から"Mam"と呼ばれていたのでしょうね。


そのMの母ごころを理解したのか、ボンドも最後には私情と任務とをきっちり分けて、恋人だったヴェスパーを嵌めた張本人を殺す事なく捕縛。組織の全貌解明の糸口を失わない形でついに復讐を終えるのであった…というところで完。ここで例の007のテーマが鳴ってシリーズの伝統にのっとったスタイルでガンバレルシーンが登場!これはついにクレイグ=ボンドが任務に私情を挟まない完全なる007として完成したということを示すのではないでしょうか?


というわけで、シリーズの今後の方向性もきっちり示した上で、クレイグ=ボンドを未熟なスパイから007に成長させ、なおかつアクションも充実してて…という傑作でした。惜しむらくは尺を切り詰め過ぎたせいで、必要と思われるカットまで切られており、話が解りにくくなっている点。もうすこし上映時間伸びてても全然問題ないと思います。とはいえ『カジノ・ロワイヤル』とセットで、ファンに末永く愛される作品になるでしょう。まだまだ書き足りないですけども、今回はここまで。劇場でもう一回観たいので、書き残したことはそのときにでも。



(追記:2009/2/3)
"Mam"という呼称は"Sir"の女性版ということで、女性が上司の場合"Yes,Sir!"の代わりに"Yes,Mam!"を使うとのこと。「母ちゃん」の意味ではないそうです。そうか…そうだったのか…。よく考えたらMI6はそんなに家庭的な組織ではないわな…。ただこの映画のジュディ・デンチは未熟なボンドの保護者っぽくて母ちゃんの雰囲気が漂ってはいました。