カジノロワイヤルの手帖

banの映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

「六枚のとんかつ」蘇部健一

六枚のとんかつ (講談社文庫)
映画の質を位置づける言葉に「バカ映画」があるように、ミステリの世界にもバカミスというのがあるのだなあ、というのを世に知らしめたのではないかと思われる怪作…らしいです。例えて言えばミステリ界のシベ超みたいなもんか。どっちもシリーズ化されてますし。しかしながら第三回メフィスト賞というそれなりに世間に認知された賞を授かったという輝かしい肩書きを持つこの本。やはり読んでみないと正体は判るまい。ということでどこかの遠い外国でもてなしに正体の判らない肉を出されたときのような気分で読んでみました。


感想:
うへえ…!

聞きしにまさるバカっぷり。内容はとある保険調査員の事件簿という体裁で、彼の一人称で語られる連作短編ですが、まず文章がすごい。ミステリ界における文章レベルの底辺をこれ一作で素晴らしく広げ、世のミステリ作家志望者たちに「これに比べたら自分の方がまだ…」と希望の光を与えたと思われる平易すぎる文章。そして頭をかかえてしまうようなベタなギャグ(シモネタ満載)。さらにあまりのくだらなさに脇毛も抜ける思いのアホな事件とアホなトリックの数々。バカだ。バカ過ぎる。ミステリ界広しと言えども謎解きの部分でタモリの「空耳アワー」が出てくるのは後にも先にもこれ一冊だけでしょう。アハハ、くだらねー!くっだらねえ〜!これを読んでウヒヒヒと笑って楽しむか、怒って本を窓から投げ飛ばすかはひとえに読む方の度量の広さしだいかと思われますが、これをウヘへと楽しむだけの度量はほとんど博愛篤志の域です。アガペーです。


ただし!メフィスト賞受賞だけあって、めくるめくバカの中にもキラリと光る原石のようなものがあるのは確か。特に「五枚のとんかつ」「六枚のとんかつ」は、とある有名ミステリーのトリックをアレンジしていますが(ネタばれ防止のために、ちゃんと前置きとしてその作品名を挙げ「そちらを先にお読みください」と注を入れている念の入れよう)、そのアレンジの仕方が実に意表をつくもので、きちっとした計算に基づいて組み立てないとできないトリック構築であり、タダのバカでは書けません。このトリックのアレンジには唸らされます。ただし、「五枚」の方は「同じトリックだけどもっといいシチュエーションを思いついたから書いてみました」ということで、事件にまつわる部分以外は「六枚」のコピペという人をなめたレトリックが痛快、というか痛いのが快いです。


さらに「特急しおかぜ17号四十九分の壁」に至っては、実際の時刻表も文中に挿入するなど、題名の通りアリバイ偽装の鉄道トリックに真正面から取り組んでいる訳はなく、ヒントとなる地図を見た瞬間飲んでいたヘルシア緑茶が脂肪燃焼をやめるくらいのアホらしさですが、あまりにも堂々としているのでうっかり騙される読者がいるかもしれません。これはあまたある時刻表を用いたアリバイ破りのトラベルミステリのパロディとして読むこともでき、その筋の大家である鮎川哲也が自選のアンソロジーでも取り上げたという曰く付きの作品ですが、しかし鮎川哲也もクソ真面目な顔をして結構ヌケヌケとした文章を書く茶目っ気もある方なので、きっとウヒヒと笑いながらこの作品を入れたのでしょう。


ことほど左様に異色過ぎる作品集です。もう普通のミステリには飽きた!というゲテモノ志向のあなたには超おススメ。なお、上記の文章は全て絶賛の文脈で書いてあるということをここに断言いたします。