カジノロワイヤルの手帖

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イングロリアス・バスターズ

イングロリアス・バスターズ オリジナル・サウンドトラック
監督:クエンティン・タランティーノ1940年代前半、ナチス占領下のフランス。ユダヤ人を独特の嗅覚で狩るナチのランダ大佐。一方ナチをこよなく憎みこれを打ち倒した際には必ず頭の皮を剥ぐというアメリカの反ナチ部隊「イングロリアス・バスターズ」。バスターズの余りに無慈悲かつ残虐な手口にドン引きしヒステリーを爆発させるヒトラーランダ大佐に一族郎党を殺されるも一人逃げ延び、今はパリの町中で映画館を営むユダヤの娘ショシャナ。これに好意をもって近づく若きドイツ兵の英雄。さらに、ナチ要人暗殺を企てるイギリス軍人とドイツ人女優、これらと手を組むバスターズ…。そして物語は最後の舞台、映画館に流れ込み…。


という複数の物語軸が絡み合いつつラストに向かって収束してゆくおなじみタラちゃん節は今回も健在です。タラちゃん節と言えば会話の饒舌さ、緊張と緩和の絶妙な使い分けですが、そちらも健在。冒頭、ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツが怪演!)ユダヤ人をかくまうフランス人一家を言葉だけで追いつめてゆくシーンの緊張感は特筆もので、ここにタランティーノの演出力の卓抜さを見ます。ちなみにランダ大佐はこの後もさまざまな場面で登場、稀に見る魅力的な悪党として映画全体をかっさらっていっているフシがあり、このキャラクターのためだけにこの映画を観る価値あり、といったら過言でしょうか。過言か。いや過言ではない!どっちなんだ!いや過言ではないです。必見です。


いっぽう主役格である、ブラピを筆頭とするバスターズですが、これがまあブラピ自身も含め揃いも揃って見事なバカヅラであり構成員に至ってはどいつもこいつもみるからにヘナチョコぞろいで、あの屈強なドイツ軍人がこんな中学校のときイケてない組に入っていたような奴らにやられるのかと信じがたい思いですが、そこはそれ映画なので彼らは劇中すぱんすぱんドイツ兵を殺したのち楽しそうに頭の皮をむりむり剥ぎます。こんなアホっぽいやつらにバットで頭をカチ割られて殺されるドイツ兵こそ哀れの極みで、ああ戦争に負けるってことは未来永劫フィクションのなかですらこういう扱いを受けることなんだなあと変な感慨がわきます。


まあこの映画に限らず、尋常の映画においては「ナチ=殲滅されるべき悪」として描かれることがスタンダードなのですが、この映画がいびつなのは、ランダ大佐に代表されるように、悪役たるべきナチの方が軍人として統制されインテリであるように描かれているのに対し、バスターズの方は徹底的に野蛮でしかもアホっぽく描かれていることで、なんでしょうねこの位相のズレは。タランティーノは勧善懲悪の善と悪のキャラクターを入れ替えることによって、戦争には善悪の区別など存在しないことを暗示しているようにも思えますが、まあ考え過ぎでしょう。


むしろ、この映画はあらゆる差別に対するアンチテーゼで満ちています。それは差別される側をことさらに庇護するのではなく、差別する側、差別される側をすべてひとしく映画の中の素材として俎上に上げる、ということで表現されています。この映画ではナチ=絶対的な悪、ユダヤ=永遠の被害者、という従来のステレオタイプが排除されています。ナチは殺戮者ではあるけれども人間味をもっていたはずだし、ユダヤは被害者だけど復讐者に転じた時はナチ同様の残虐さを発揮するかもしれない。と、タランティーノはすべての登場人物を根本的なところから差別無しに描いており、この場合の差別とは「ナチ=殺戮者」「ユダヤ=被害者」という歴史上の事実から来るバイアスすら含んでいます。(ついでに言うと、映画館主が白人で女性であること、その従業員が男性で黒人であること、そして二人が恋愛関係にあることも、人種差別、階級差別、男女差別のアンチテーゼでしょう)


しかし、一点だけ、「ナチは憎むべきことをやった」という事実だけは残して、その罪にのみ基づいてタランティーノはナチを糾弾し、殺戮し、頭の皮を剥ぐのです。なのでこの映画が歴史から遊離してファンタジーになっているのは必然とも言えます。歴史的認識や政治的な正しさ(ポリティカル・コレクトネス)に配慮していたら、この映画は成立し得ませんし、むしろその呪縛から抜け出してタランティーノが己の反差別認識を描き得た、というところがこの映画の凄いところと言えます。


とまあ小難しい理屈を抜きにしても、抜群にサスペンスフルで、ときに笑わせ、ときに脱力させ、ときに人がビスビス死ぬという面白い映画であることは間違いないです。とくにブラピの力み返ったアホヅラとランダ大佐のチャーミングな悪党っぷりは必見。あと個人的に、ショシャナが復讐を始める場面でデビッド・ボウイの「キャット・ピープル」が流れるのがツボ。この選曲のツボっぷりはやはりタランティーノのお家芸ですなあ。