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カジノロワイヤルの手帖

banのスットコドッコイ映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

アバター

アバター オリジナル・サウンドトラック
監督:ジェームズ・キャメロン久しぶりだな!聞けばこの映画の撮影に4年もかかりっきりだったというから驚きです。あの『タイタニック』から12年。半ば幻の巨匠となりかかっていたときに、超弩級の大作『アバター』をひっさげての帰還ですから、『T2』『エイリアン2』を観て燃え燃えだった自分としては(あと『殺人魚フライングキラー』を観て念仏を唱えた自分としては)これは観ねばなるまい!と全国でも数がまだ少ない3D上映の映画館を選んでノコノコ出かけて行った次第です。


ストーリーはある程度類型的なので、ここでは深く触れません。ただ「万物に魂が宿る」というアニミズム的世界観は、キリスト教圏よりも、「八百万の神」の国・日本の人々にむしろ受け入れ易いと思われ、その面では物語により深く感情移入できるのではと思います。


ストーリーが類型的なのはおそらくキャメロンの資質がそうさせたんじゃないかと思います。なぜならキャメロンは見世物としての映画を撮る名人だから。見世物という物は見てビックリ聞いてビックリいらはいいらはいの世界ですから、お話そのものは多少ベタでも見世物の興をそがなければOK。むしろ複雑さと苦悩と葛藤ばっかりだと見世物の筋としては邪魔なわけです。キャメロンのフィルモグラフィを観ると、それはもう見事なまでに見世物映画ばっかりで清々しい。ターミネーター』『エイリアン2』『アビス』『ターミネーター2』『トゥルーライズ』『タイタニック』『アバター』。これがスピルバーグだったら『レイダース』『E.T』『インディ・ジョーンズ』と見世物映画を連発したあとに『カラーパープル』みたいな人間ドラマを作って「わしこんなんも撮れるんですよ」的な色気を出したりもしてますが、そこはキャメロンちゃん、デビュー作の『殺人魚フライングキラー』から一貫して見世物映画屋としての筋をビシッと通しております。


見世物映画としては、いらはいいらはいの呼び声につられて入って「つまらん!カネ返せ!」となるのは不本意の極みな訳ですが、その点も安心。惑星パンドラの奇々怪々で時に醜悪、時に美しい動植物たち。原住民ナヴィたちの神秘的な世界。アバターシステムの恍惚感。ヘリポッドやパワースーツ、重火器と言った燃え燃えの兵器群。そしてそれらがゴッタゴタになって繰り広げられる鬼のようなアクションとスペクタクル!このあたりの力でねじ伏せるようなアクションシーンはキャメロンちゃんの真骨頂で、しかもそれが圧倒的な物量で描かれます。これは凄い。


『T2』がその後の映画におけるCGの多用を決定づける一発になったように、『アバター』は「3D映画」というテクノロジーが一般化して行く上での決定打になりつつあります。3D上映を大前提として、3Dが最も威力を発揮するよう計算し、それをこの規模の超大作として製作、公開し、そしてすでに記録的なヒットになっている…となると、もうすでに3D映画が爆発的な勢いで一般化するためのスイッチはすでに押されていると言ってもいいでしょう。


しかし、映画の上でのCGが上映に際して何ら新しいインフラを要求しなかったのに比べ、3D映画は非常にハードルの高いインフラが劇場側に要求されます。3D映画の感想が、見て「スゲー!!!!」となるか「目、疲れた…」となるかは、このインフラの問題と、もう一つ、観客側の鑑賞時のコツに左右されると思われます。


インフラの問題は、上映時のスクリーンの明るさ、3Dグラスの質にかなり左右されそうです。オイラが鑑賞した劇場では、スクリーンの輝度が足りないのか、それとも3Dグラスが暗すぎるのか、常時画面が輝度調整のヘタったテレビのように暗ーく感じられ、せっかくの惑星パンドラの美しい色彩が魅力半減。ときどきグラスを外して裸眼で画面を確認すると、それはそれは鮮やかな色彩が広がっているのですが、またグラスを掛け直すとなんだかイマイチ抜けの悪いどんよりした色彩に。これは非常に悲しい。自分が行った劇場のインフラが不良なのか、そもそもこれがスタンダードで3D映画の色があまねくこんな感じなのか、どっちかは判りませんが正直ガッカリしたことは否めません。テレビのCMで見る『アバター』の映像に比べると明らかに色味がくすんで見えます。比較のために2D上映と比べてみたら、問題がどこにあるかハッキリするかもしれません。ちなみに、自分が行った劇場では、デジタル上映時にサーバがぶっ飛んだせいで上映が途中で中止になったという冷や汗の垂れるようなトラブルもあったらしい。この辺のシステムの堅牢さの確保も今後の3D映画の課題でしょう。


観客側の鑑賞時のコツはと言えば、できるだけスクリーンに近づいて観る事。これに尽きます。できれば、視界全体がほぼスクリーンでカバーされるくらいまで近づくのがよろしいかと。なんとなれば、スクリーン内の映像空間と、スクリーン外の空間との立体認識には当然ズレが生じるので、両者が同時に視界に存在するとスクリーン内の立体空間が非常に不自然に感じられるからです。それに、スクリーンにできるだけ近づく事で、画面の暗さの問題もある程度解決できるかも知れません。


あと、これは個人的な問題ですけど、3Dグラスのフィットの自由度、これもう少しなんとかならんかなあ…。オイラ、既製の帽子がおしなべて被れないと言う悲しみの大型ヘッド人間なのですが、劇場で配られた3Dグラスはオイラの頭にはやや窮屈で、常時アイアンクローをかけられたような状態での鑑賞になってしまい、見ている間じゅう頭いったいなあ、これはグラスがきついのか3D映像が目に優しくないのかどっちなのか判らんじゃないか。と映画に集中できなかったのは悲しゅうございました。観終わったあとコメカミにグラスの跡がついて取れなかったくらいにして。ついでに言うと、こういう目に負担のかかる映画が尺3時間近いのはちょっと身体的にキツいと思いました。


まあそのような諸問題が浮き彫りになってる感じですが、本格的な3D映画の幕開けということで、映画好きの方はリアルタイムで体験するに越した事はない「事件」だと思います。あと、ディティールが半端ない映画ですので、まず3Dを体験して、しかるのち2Dでじっくり細部を堪能、という観方もアリでしょう。


しかしこれ、家庭での鑑賞はどうするんだろう?






おまけ。原住民ナヴィの造形がアレなので、お色気要素がほぼ無いかと思われていたこの映画ですが、『エイリアン2』のバスケスもかくやという役どころで出て来たミシェル・ロドリゲスムッチムチだったので自分としては「ええい、シガニーの婆はええからミシェルちゃんをもっと出さんかい!」という心境でした。ミシェルちゃんファンは必見。