カジノロワイヤルの手帖

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「オフシーズン」ジャック・ケッチャム

オフシーズン (扶桑社ミステリー)
鬼畜系ホラー小説の金字塔らしいので興味しんしんで購入。翻訳物は訳がまずいとなかなかページが進まないという弱点をもつオイラですが、この本は凄い早さでページが進んだのでオドロキです。リビングのソファで寝っ転がって読んでたら、本の背表紙の解説を見た妻が曰く言いがたい顔で固まっていました。「普通のミステリー読んでるのかと思ったら、紹介文の最後に『食人族』という言葉が出て来てえええっ!?ってなった」との由。季節外れのリゾート地にやってきた男女六人が人里離れたペンションに籠って休暇を楽しもうと、飲んだくれたりトランプで遊んだりスケベに励んだりしていたところ、地元の森に住み着いていた野生の人間たちが一族郎党で襲いかかってきたからたまりません。都会育ちの彼らは何だ何だと戸惑ったり抵抗したりしているうちに一人また一人と野良人間にとっ捕まって生きたまま生のミートに解体されるという地獄の罰ゲームを食らいます。しかし襲われる方も必死の抵抗を見せ、マグナムなどの文明の利器と知恵を使って反撃に出て、ここに食人族vs都会族という族同士の抗争が始まる訳です。


ここから先の内容は「むごい」「ひどい」の一本槍で、結末に至っては歯を磨いたあとに食べるミカンよりも後味が悪い。人間からモラルと理性を取り払ったらどうなるかという結果を容赦なく描いている…ように思えますが、作者のあとがきを読むと出版社から「それは容赦しなさい」という横槍がはいってだいぶ表現をマイルドにしたとあり、マイルドにしてこの有様ですから最初のバージョンはどれほど激辛であったのか想像するだけで身体のいろんな部位が収縮します。


しかし…奇妙なことですが、この小説、内容は残虐と不潔と不道徳の極みを描いているにも関わらず、読んでいる時の印象はそれほど痛くもないし、汚くもないし、胸くそも悪くならないのです。なんで?ひょっとしてオイラが変なのかしらん。なんでだろう…と思うにこれは文章が徹底して冷徹であるからだと思います。たとえば残虐描写においてありがちなオノマトペが驚くほど少ない。それに登場人物の叫び声、うなり声、泣き声わめき声などが台詞の状態で出てこない。「キャー」なんて台詞は間違っても出てきません。これがどういう印象につながるかと言うと、おそらく日本語独特の現象であると思いますが、シズル感が欠落するのです。文学的な観点からはともかく、「怖い話」「気持ち悪い話」を語る際、シズル感を高める「ひたひた」「ぐちゃぐちゃ」といった擬音語、あるいは登場人物の心情を直接表現する「ギャアアアア」といった台詞は、臨場感と生理的実感を高めるために不可欠です。この小説はこれをできるだけ排して、ただただ残虐行為を冷徹に突き放して描いているように思います。内容的には明らかにウェス・クレイヴンジョージ・A・ロメロのホラー映画から影響を受けていますが、読んでいて頭に浮かぶのはキューブリック北野武の映画のような、醒めた、突き放したような暴力描写でした。


そのような筆致で描かれる大残虐不道徳まつり。絶望を通り越して諦観に達している結末。このように「残酷」「観るに耐えない」「後味わるい」「観終わったあとドンヨリする」「スケベを始めるカップルは死ぬ」といったホラー映画の伝統を頑固に守りつつ、それを諦観の域にまで持っていった凄い小説ですが、人にオススメすると自分の品性が大いに疑われるのでバレンタイン誕生日クリスマスなどのプレゼントには最も向かない本と言えましょう。お世話になったあの方へ三行半を突きつける際などにはもってこいの心温まらない一冊です。



追記:
これ、続編の「オフスプリング」ともども映画化されているそうで…。どう〜すんのこれ。子供とかバンバン殺してるし、エログロ描写は満載だしでちゃんと公開できるのだろうか。公開できるようにナマクラにしちゃったら映画化する意味がないよな気もするし…。うーむ。