カジノロワイヤルの手帖

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父ちゃんの涙の理由『アイス・ストーム』

アイス・ストーム [DVD]
監督:アン・リー。出演:ケヴィン・クラインクリスティーナ・リッチ。アメリカの模範的なある家庭。ただし父は絶賛不倫中、母は更年期障害で万引きの癖あり、息子は不器用な童貞、妹は早熟で反抗期、と一通りモヤモヤの種が揃っています。模範的な家庭とは見かけだけで、屋台骨は崩壊の危機。「アイス・ストーム」と呼ばれる氷結する雨が降る一夜の出来事を通し、彼らがこのモヤモヤした状況下でどのようにふるまってゆくかを描いた言わばハリウッド版「岸辺のアルバムです。アン・リーの抑制した演出がなかなか良く、淡々とした中にハッとするような心象風景が織り込まれ、観ているこっちを寒々とした気持ちにさせてくれます。父母の夫婦交換パーティ参加、息子の夜遊び、娘の隣家童貞息子かどわかしなどの様々なエピソードを通し、家族の一員として生きることの厄介さ、面倒くささをじんわり描いておりますが、そうは言ってもなんとか家族と共に暮らしていかなくてはならないのだし、いっぽう家族がかけがえの無いものであることも事実で、その状況に挟まれつつもなんとか生きてゆくしか無いんじゃないですかね。とこの映画は悟りきっている感じです。


以下ネタバレ。話のコアになるのが父ちゃん(ケヴィン・クライン)ですが、いろいろあった末にラストシーンで彼が突然泣き出すのがこの映画最大のポイント。この涙は家庭が崩壊した悲しみの涙ではなく、かといって温かい家庭が戻った安らぎの涙でもない。映画はこの涙のシーンを突き放すようなタッチで描いており、決して感傷に流れてはいません。この涙の複雑さがこの映画の言いたいことを代表しております。妻との仲はすでに決定的なカタストロフィを迎えているけれど、反面ヨリが戻りそうでもあり、彼女にどう接したらいいか戸惑っている。娘は、反抗的な上に隣家の兄弟両方とデキてるっぽいが、持ち前の仏頂面のため何を考えているかわからない。この二人と向きあってこれからどう暮らしていこうかと頭を抱えているところへ、隣家の長男が事故でポックリ死亡。隣家パパが息子の亡骸を前に慟哭するのを目の当たりにしてしまいます。どう接していいかわからない家族そのものが、同時にかけがえのない存在であるというジレンマ。家族に向きあうこともつらいが、家族を失うこともつらい。その感情に板挟みにされた父ちゃんは一家の長としての自分を維持できないところまで追いつめられて泣くのでした。


まあこの映画、冒頭で「家族とは虚無だ」なんて思いっきり言い切ってますから、とくに現代社会の家族関係というものについてひどく懐疑的であるのは間違いないのですが、同時に「とは言っても家族って愛おしいよね」と相反する感情をも平気でぶちこんできます。結果、旨みの中にもホロリと苦味が残る春先の野菜みたいな映画になりました。


娘役のクリスティーナ・リッチと、彼女と関係する隣家の息子、イライジャ・ウッドが非常に良いです。クリスティーナ・リッチ太ましいボディをピッチリしたトレーナーに包んでただ事ではない淫靡さを全身から放出。何を考えているかわからない言動や物事をドン底まで見透かしたような視線も相まって思春期の不安定な娘っ子を全身で好演。イライジャ・ウッドは浮世離れしたルックスと澄み切った眼で、家庭のしがらみから遊離したような不思議なキャラをふわふわと演じておられました。その他、童貞息子を演じたトビー・マグワイア全力の童貞っぷりもステキで、若い役者たちのみずみずしさが印象的です。この人達もいまや立派な大人になられましたよ。