読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

カジノロワイヤルの手帖

banのスットコドッコイ映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

幻の名作『いのちぼうにふろう』

監督:小林正樹。出演:仲代達矢佐藤慶勝新太郎。昔VHSで録りためてて観てなかった映画の消化シリーズ。多分これが4本目くらい。ほぼ予備知識ゼロで観たんですが、では自分は一体なぜこの映画を録画してまで観ようと思ったのかが全く思い出せません。思い出そうとすると頭の芯がしんしんと痛くなるのですが当時の自分に何かあったのでしょうか。さて教育映画みたいなタイトルですが時代劇です。中身を全く知らないだけにもし超絶につまんなかったらどうしよう。ぼうにふったのは己の時間というオチか。ははは。などと考えるだけ無駄な事を考えながら再生ボタンをピピッピピです。


江戸の深川に「島」と呼ばれる小島ありけり。そこの「安楽亭」という飯屋には与太者たちがとぐろを巻いており、うっかり足を踏み入れようものなら命の保証はなかりけりというデンジャーゾーンです。実は安楽亭は密貿易の拠点であり、与太者たちは日夜危ない橋を渡っては密貿易に手を貸す渡世をしておられたのでした。さてある日この安楽亭に転がり込んだ一人の町人。無銭飲食をしてフクロにされていたところを与太者の一人、佐藤慶に拾われます。話を聞くと、町人には将来を誓い合った娘がいたのですがこの父親がしょうもない男で、金に困ったあげく娘を女衒に高価買取プリーズ。なにするんですかお父さん!と町人は娘を買い戻そうとしますが、金が無いので奉公先の金に手をつけたあげくウッカリそれを使い果たしてしまって途方に暮れ夫くんです。この暮れ夫くん、世間知らずだわヘタレだわ腕っ節がないわで情けないことおびただしいのですが、しかし娘のために包丁を振りかざして「キエエー!」と襲いかかってくるまでに思いつめており、事情を知ってしまった与太者たちは、ああっオメエみてえなのを見てるとイライラするんだよぅイライラァ!金は何とかしてやるからとっとと娘を取り返してこい!とツンデレ風味で立ち上がり、娘買い戻しの資金を得るべく危険な大仕事に挑むのでした…。というお話。


まあおよそ理屈では割り切れない物語で、見ず知らずの娘を魔窟から救い出すために何人もの男が命を投げ出すという、思わず「フッ…バカバカしい…」とメガネを直しながらつぶやいてしまいかねない非合理的なストーリーですが、これが感動してしまうんだから映画ってのはゴイスですよ。ダーティな仕事に手を染め、生きる目的もなく島で生き腐れている男達。夢も希望もなく、家族もおらず、生きがいを失っている彼らは、娘を救おうと立ち上がることで初めて「誰かの役に立てる」という充足感を感じます。たとえそれが自分の命を投げ出す仕事であろうとも…。彼らが命がけで救おうとしているものは、一人の娘の無垢であり、一組の男女の未来で、これを何人もの命であがなおうとするのは割にあわないかも知れない。しかし、底辺で生き腐れているよりも、誰かを救うために戦って死ぬほうが、むしろ命を活かすことじゃあないのか。そのことを与太者たちは理屈ではなく情で理解しているようです。その打算のないまっすぐな気持ちが感動を呼びます。


見どころは役者たちです。主演の仲代達矢は、常時目から眼光を発射しっぱなしという日本映画界のサイクロップスっぷりを今回も遺憾なく発揮。暗い画面でも顔がどこにあるのか判って便利です。薄情で自分勝手な与太者ですが、実は性根に優しいところがあり、しかも本人はそのことに気付いていないというややこしい役を好演。佐藤慶は情に厚く人望のある役どころですが、あの佐藤慶がこんな「ええもん」の役をやっているとは…と妙なところで感動。さらに岸田森、草野大悟、山谷初男神山繁といったお好きな方にはタマらない面々がひしめいており、邦画ファンのゴハンが進みます。


特筆すべきは、安楽亭主人を演じた中村翫右衛門と、謎の酔っ払いを演じた勝新太郎。中村は、与太者たちを統率する元締め的な役割ですが、これを貫禄、人情、頼もしさ、老獪さ、厳しさ、といった全てを以て演じており、ただ事ではない存在感。2011年度こういう上司が欲しいランキングに突然の有力株登場です。勝新は、途中までは安楽亭のすみっこでゲレゲレ酔いつぶれているだけの存在でしたが、終盤のあるシーンで映画全体をかっさらって行きかねない圧巻の演技を披露。ただ単に身の上話を語っているだけのシーンなのに、この吸引力、情感は尋常ではない。この人は常に酔っ払っててウィーウィー言ってるだけで何言ってるかセリフがサッパリ分からないのですが、あとから考えるとストーリー上重要な箇所のみはキチンと内容が聞き取れるようになっており、そこまで計算された演技プランだったのかと驚きです。


画面がモノクロで激烈に暗く、舞台はほとんど川の中に浮かぶ小島のみ、出てくる人たちは世の爪弾き者やダーティな役人で、物語自体も痛快には程遠いため、じっさいのところ陰鬱としか言いようがない映画です。しかし、その中にある自己犠牲は、妙に晴ればれしていて清々しくすらあります。隠れた名作だと思います。


余談。これは昔NHK-BS1で放送されたものを録画してたのですが、どうも放送自粛用語が連発されているらしく、要所要所でセリフがブッチブッチ切れるのはマジ閉口でしたよ。身分に関する言葉が主に切られているので、どうしても会話の主語や目的語が失われることになってしまい、会話の中身がひどく解りにくくなってしまう。鑑賞の際は、こうしたカットが行われていないと思われるソース(名画座とか)の利用を強くオススメします。国内ではDVDが未発売で、なぜか海外版のみが発売されており、幻の作品と化している模様。なんで?まずい描写あったっけ?