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カジノロワイヤルの手帖

banのスットコドッコイ映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

アッパーな遭難映画『127時間』

127 Hours
監督:ダニー・ボイル、主演:ジェームズ・フランコ。アウトドア野郎のアーロン君は週末をユタ州のキャニオンランズ国立公園で過ごそうと金曜の夜から独りで繰り出します。独りサイコー!キャッホー!かといってアーロン君は人見知りの孤独ちゃんではなく、フィールドで出会ったナオンに声かけて楽しく遊んだりするナイスガイでした。さて女の子たちと別れたアーロン君ですが、独りでひとけの無い場所に足を踏み入れたところ、弾みで一抱えほどもあるドえらい石と共に岩の裂け目に落下。石に右手を挟まれてしまいます。石、びくともしない。動けない。なにせあまりに人里はなれた場所過ぎるので人が通りがかる気配もない。家族や勤め先には行き先を告げていない。そして手持ちの水も食料もわずかしかない。というわけで挟まれた瞬間から生命のカウントダウンがスタートです。


「127時間」というのは彼が岩に挟まれてからそこで過ごした時間の合計です。ということは丸5日と1/4日強。この間、彼がどのように脱出をはかり、飢えや渇きをしのぎ、孤独と向き合い、死の恐怖と戦ったか、というその過程をタップリと見せてくれます。当然場所は事故現場の谷底に限定されますし、主な出演者もジェームズ・フランコ独りで、しかも右腕を岩に挟まれて動けないという、およそ映画に向かないことおびただしい素材というほかはありませんが、これがあにはからんや実に豊かな映画になっているので驚きですよ。


まず、主人公が岩に固定されてあがくのをあざ笑うかのように縦横無尽&奇想天外に動くカメラ。主人公の姿を、極接写から極ロングまで空間的に自由奔放に動いて撮り、さらに主人公が観る夢、幻という体で時間と場所と状況を自由に飛び越えて浮遊します。ともすれば退屈になりがちな題材であるということを極力カバーしようとする演出のたくらみです。さらに、その被写体の中心であるところのジェームズ・フランコちゃん。映画のかなりの部分はこの人の顔面のアップが主体であり、ある時は苦痛に歪み、あるときは絶望に打ちひしがれ、ある時は自虐的に笑い、ある時は真顔で涙を流す。このナチュラルな表情の変化が実に魅力的です。なかなかここまで一人の俳優の変顔大全集は見られませんぜ。彼は途中孤独に耐えかねてビデオで自画撮りしながらひとり漫才をしたりしますが、そりゃこういう状況になって何日も経てばこういう変なテンションになるわなー。



映画は徹頭徹尾アッパーな勢いで描かれ、内容の辛気臭さからは対極にあるバイタリティに溢れています。主人公が幻影に悩まされたり、苦痛に翻弄されるシーンですらそれは貫かれており、鑑賞後の後味が実に前向きな感じなのはこの演出によるところが大きいです。印象に残ったのは、あるシーンでの「痛み」の表現。主人公が耐えがたい痛みを感じるシーンで、激痛が走った!。と思われる瞬間に流れるディストーションギターのカン高いノイズ。いやこの表現はある意味ベタですぜ。しかしこの映画がこれまでとってきたアッパーな演出方針のためこれが非常に違和感なく効果的で、見てる方も耳から痛さを実感できてしまって思わず眉間に嫌ジワが寄ります。


この映画のクライマックスは、この「あるシーン」です。水も食料もとっくに底を付き、助けも来ず、このままでは死ぬ死ぬ召される他界しちゃう!というギリギリまで追い詰められた主人公はある決断をし、それを実行に移すのでした。…これは言ってもいいでしょう(以下ちょっとネタバレ)。脱出するために、自分の右手を切断しようとするのです。しかも道具はナマクラで小指ほどの大きさしかないナイフ。これがまあ切れない切れない。刃を皮膚にこすりつけても赤くミミズ腫れがにじむだけで切断にどれくらいの時間がかかるのか考えただけで血の気が引きます。しかし他に手はなく、主人公は意を決してナイフを腕に突き立て、そこから傷口を手指で破りこじ開けるようにして腕を「ちぎって」いくのでした…。わあああああ!いやしかし肉はちぎれるとしても、骨はどうすんだ。そりゃあなたこうするしか無いでしょう。一思いにこうして…。ギャー!やーめーてー!


いやこのシーンは本当に怖い。生理的な恐怖、痛みを的確に突いて来て下手なホラー映画を遥かに凌駕してます。切れる刃物も怖いですが、切れない刃物で無理やり体を引き裂く方が、かかる時間も苦痛も半端無く増幅されるためにより一層恐ろしい。ちょっと想像を巡らすだけで貧血を起こしそうになります。実際本国ではこのシーンで失神者が出たとか出ないとか、いやそういう話はえてしてテキトーにでっち上げられたガセだったりするんでしょうが、これに限ってはガチであり得るかも知れません。


こうした痛みへの向き合い方もそうですが、この映画はひとつの事故、ひとつの極限状況を通じてひとりの人間の内面をショウケースのように並べてゆきます。それをひとつひとつ乗り越えてゆく主人公。焦り、怒り、後悔、落胆、悲しみ、疎外感、欲求といった感情から、自分をめぐる人々への去来する思い、事故がなければこうあって欲しかったと思う未来への希望を経て、最もプリミティヴで絶対的に人間の内面を支配する感覚「痛み」を、映画は乗り越えるべき最後の砦として描きます。アーロン君はそれを乗り越えこるとが出来るのか?果たして彼の運命は?ただし、それをあくまでアッパーに、明るく描いているのがミソ。そのため、映画全体としては人間の生命力、意志の力を肯定する強力な人間賛歌になっています。面白いよ!そういやダニー・ボイルの前作『スラムドッグ$ミリオネア』もそんな感じの映画でしたね。


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