カジノロワイヤルの手帖

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シンプルゆえに力強い『ゼロ・グラビティ』(ややネタバレ気味)

ゼロ・グラビティ 国内盤
監督:アルフォンソ・キュアロン。主演:サンドラ・ブロックジョージ・クルーニー。不慮の事故で宇宙空間に投げ出された二人の宇宙飛行士…彼らは無事生還できるのか?とストーリーをまとめたら一行で終わってしまった。何というシンプルさ。しかしたったこれだけの内容ながら、映画は90分間全くダレない濃密なジェットコースターの様相を呈し、映像的にも映画史に残るイノベーションを実現して、なおかつ結末ではドドーンとソウルに来る感動がという大三元映画。


まず大三元の「白」であるところのジェットコースター要素。サンドラ・ブロックジョージ・クルーニーの二人がシャトルでの船外活動中、銃弾のように襲ってくる大量のスペースデブリに遭遇し、シャトルが大破して宇宙空間に投げ出されるところが発端です。もうこのシチュエーションからして人生終わった。詰んだ。グッバイ地球。グッバイ酸素。この状況からどうやって生き残るのか、考えただけでも既に無理ゲーですがこのへんの絶望感は予告編映像を観たほうがおわかりいただけるかと。



どうすんのこれ。いやまあここで二人が投げ出されっぱなしだと映画は自動的にエンドになってしまうのでこのあと気合でなんとかしてしまう訳ですが、窮地を乗り切ったらまた窮地、ピンチにつぐピンチで観客が退屈するヒマ一個もなし。かといってむやみにドッカンドッカン爆発が続いたりアクションが続くというわけでもなく、じわじわと張り詰めた感じが次第に緊張の度合いを増して、それが突然暴力的な破局に至る、という緩急の付け方が実に巧妙です。後述しますがこの映画は極端な長回し映像が多用されており、カットの切れ間がないまま場面が持続することで息苦しいほどの緊張感が生まれています。その状態のまま成すすべもなく訪れる圧倒的な破壊のシーン。ゴミくずのように翻弄される人間。しかし人間の方も何とかして生き残りたいわけですが、そうは言ってもここは宇宙。酸素が切れたら死。命綱が切れたら死。デブリ(金属片とかが音速で飛んできます)が当たったらただちに死。宇宙服が破れたら死。しかも重力と空気抵抗が無いもんですから、慣性の法則が無制限に働いて自由に動くことすらままならない。という過酷すぎる状況でのサバイバルですから観てる方のハラハラも半端ないわけです。


続きまして大三元の「発」である映像面。ポイントは3Dにおける臨場感と、驚異の長回しです。臨場感については、特にIMAX 3Dで観た場合、自分も宇宙空間に浮いているかのような浮遊感が味わえ、こちらに飛んでくるデブリの表現に思わず目を閉じちゃったり身をかわしちゃったりします。この浮遊感がほぼ全編を通して維持される状態で、なおかつ尋常じゃない長さの長回しが敢行されて膀胱がプルプルします。特に冒頭の十数分、穏やかな船外作業の状態から、デブリが来襲してシャトルが木っ端微塵に破壊され、サンドラ・ブロックが投げ出されてくるくる回転しながら宇宙の果てに向かって飛んで行く、この一連のシーン(上掲の動画参照のこと)があまりにも凄い。こうやって書き連ねただけでもミラクルな感じがしますが、長回しの間カメラは縦横無尽に動くだけでなく、客観の視点からサンドラ・ブロックの主観にスムーズに移行し、また自然に客観に戻るといったアクロバットを繰り返します。なんとカメラが宇宙服のヘルメットを平気で通り抜けるんですから凄い。もうどうやって撮ったの?とか聞くのもムダな気がするレベル。


映像の質感も判ってるなオマエ!という感じで、むかしのアポロ計画の記録映像みたいな、光と影が明確なコントラストを描く質感をバッチリ再現しており、往年の宇宙開発の雰囲気をバッチリ再現しつつ、デブリのいっこいっこまでがバッチリ見える高解像度。この鮮明な映像でシャトルやら何やらがバラッバラに破壊されていくのを全くごまかしなく見せてしまう。もう観ていてアニメーターの労力とか予算とかマンパワーとか人月とか工程管理とかそういうところにも気が回ってしまい別の意味でも気が遠くなります。すげえ。


この映画の凄いところは、このようなビックリ見世物映像が炸裂しているにもかかわらず、内容が感動的であるということで、いわば最後の「中」がポンできて大三元が確定しちゃったというか、実際に麻雀で白と発をポンしたらだれも中を切らなくてまず上がれないのと同様これはまことに稀有なことです。ここでシンプルな物語が生きてきます。生命維持を全く許さない宇宙空間で、生き残ることを希求する。このシンプルな行動が、シンプルすぎるが故に哲学的なところにまで斬り込んでいます。こういう環境下でなぜなおも生きようとするのか。なぜそれが観ている我々に感動を呼び起こすのか。それを考える事自体が取りも直さず哲学そのものです。そして、映画の方も観客にそれをさせるべく周到にディティールを仕込んできます。あまり細かくは書けませんが、あるところで突然流れてくる赤ん坊の声!ここで人間の源泉、人間の素晴らしさを思い起こさせるこの声を入れてくる脚本の巧妙さが凄い。この時の状況とこの後の展開を考えれば、コレ以上の選択肢はないと思われる黄金の一手と言えます。


登場人物がごく少なく、しかも顔を出して演技しているのがサンドラ・ブロックジョージ・クルーニーの二人だけというきわめてソリッドな映画です。サンドラ・ブロックの方は追い込まれて幾度と無く絶望しかけますが、それを乗り越えて生存に向かっていく様をほぼ一人芝居に近い形できっちり演じており、その説得力が映画の感動に深く寄与しています。正直サンドラ・ブロックをイイと思ったのはこれが初めて。ジョージ・クルーニーはベテラン船長の役どころですが、しじゅう軽口が止まらないという実際にいたら面倒臭そうな役柄ながら、いざというときの沈着冷静っぷり、落ち着きと行動力、頼りになる感じが素晴らしく、途中2度ほどこの人がサンドラ・ブロックの命を救う描写がありますが、それがいずれも「いよっ!ジョージちゃん!」と大向こうから声を掛けたくなる男前っぷりで、なんというかもうこの人にだったら正直抱かれてもいいと思った。


このようにシンプルでありつつも、それがシンプルであるために根源的で、それゆえに感動的で、なおかつそうあらしめるための演出、演技がこの上なく力強い。なおかつ映像が驚異的で、あまつさえ面白すぎる、という稀有な役満映画でした。観るなら絶対3Dで!可能ならIMAXで!