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もっと観たい!『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』

原作:杉浦日向子。監督:原恵一。声の出演:杏、松重豊。江戸時代の絵師、葛飾北斎は今や世界的に有名な歴史上の人物ですが、その娘のお栄(葛飾応為)もまた非凡な絵師なんだぜ、という史実をもとに、この親子とそれを取り巻く人々、江戸の風俗、そして怪異を描いたのが杉浦日向子の原作。それをお栄と、その妹で盲目のお猶(なお)を中心にすえて一本の映画として再構成したのが本作ですね。もともと杉浦日向子の原作が好きで繰り返し読んでおり、このたび映画化されると聞いて期待と心配半々で待ち構え、公開と同時に飛びついてみたわけでございますね。原作と違って主人公のお栄が美形に変更されていたりとか、オリジナルストーリーがだいぶ入っているとか、いろいろ不安要素もあったわけですが…。

 


映画『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』新予告編 - YouTube

 

 

 


感想)もっと観たい!


と思ったくらいのいい出来でした。オリジナルストーリーで一本の映画としてのまとまりを作りつつ、合間に挿入される原作の映像化。それが大変丁寧で、原作だと数コマで終わるところを、じっくり、丹念に、豊かに描いていて素晴らしい。それでいて原作のもつ味わいとか雰囲気を損ねていない。原作の「離魂病」のエピソードの映像化なんかは、アニメじゃないとこうはなるまいという幽玄さで、よくぞこの話を選んでくれたと思わざるを得ない。話がずれますがこのエピソードでは花魁の衣装や仕草が非常に丁寧に描かれてて原作以上の密度を生み出しており感動モノ。花魁のセリフも原作通りのありんす言葉ですごく雰囲気がある。セリフ回しといえば全体的に原作を尊重した江戸の話し言葉が徹底されていて情緒たっぷりだし、北斎の声をやった松茂豊も温かみのある因業さ、ぶっきらぼうさでまたよろしい。美術がまたよくて、小舟のシーンを「神奈川沖浪裏」のあの有名な波頭の絵につなげてみるあたりは海外向けのサービスですが、両国橋を俯瞰でとらえたところの関東平野の広々とした感じ、そこを多くの人々が行き交って賑わう感じ、そこで遠くの風景が浮世絵のように描かれている感じなんかは大変に風情があってまたいい。


エラいと思ったのは、お栄が男を描けないあまり、陰間茶屋に行って男を買ってみるというエピソードをほぼ原作通りに(むしろ原作よりねちっこく)描いていることで、陰間(つまり男娼ですね)が男に買われたあと尻を押さえてイデデ…と悶絶してたりとか、そういう江戸文化の目を背けられがちな一面を避けてないところがいい。レーティングとかテレビ放映とか考えるとオミットされてたかもしれないこのエピソードですが、これを描かないとお栄の絵師としての弱さを見せられないし、それをのりこえようとあがく芯の強さも描けないしで、これを残したことは色んな意味で英断でした。もうイイね!ボタンを200回くらい押してさしあげたい。

 

 



以下ネタバレます。


 


映画は、お栄と盲目のお猶との関係を原作から大いに膨らませておりますが、父親の北斎のほうはお猶になかなか近づこうとしません。最後にお猶は幼くして他界してしまうわけですが、そのあとで北斎がポツリと漏らす映画オリジナルの一言が非常に業が深い。「あいつの目も、命も、オレが取っちまったのかもしれねえなあ」…つまり、自分の才能の代償として天が我が娘の目と命を奪ったのかも、と感じているわけで、それを嘆くわけでも悔やむわけでもなく、ただありのままに受け入れてしまっているのが、天才の業の底知れない深さを伺わせて一瞬ゾッとさせられます。このシーン、じつにしみじみしてるのですがわたしは内心戦慄しておりました。こええ。天才ちょうこええ。


このように最後はきっちり完結してしまうので、続編の望みは薄そうですが、映像化から漏れてしまった原作のエピソードはまだたくさんあるわけで、居候で女好きの善ちゃんをメインにした一本とか、このクオリティでもっと見てみたい。見てみたいな。作ってくれないかな。これがヒットしたら作ってくれるんじゃないかな。大ヒットして欲しいな。そして原作がもっと読まれればいいなー。というところまで願望は勝手に広がるのでした。おわり。

 

 

 

百日紅 (上) (ちくま文庫)

百日紅 (上) (ちくま文庫)

 
百日紅 (下) (ちくま文庫)

百日紅 (下) (ちくま文庫)