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『007 スカイフォール』雑感(ネタバレあり!)

007/スカイフォール [Blu-ray]

 

(以下は2012年の公開時に、ネタバレありの雑感としてしたためていたものですが、その後アップもせずうやむやになってました。『スペクター』の感想を書いてたらそのときのメモがひょっこり出てきたので、ちょっと手を入れて晒します。ちょうど今夜、地上波での放送もあるしね!)

 

 

 

監督:サム・メンデス。主演;ダニエル・クレイグジュディ・デンチハビエル・バルデム。さて前回はネタバレなしで感想の概観を書いてみましたが、今回はシリーズのお約束ポイントを押さえつつ、長年のファンの視点からディティールに迫ってみたいと思います。

 

 

 

アバンタイトル


メインタイトルの前にひとつ見せ場を入れとくのがシリーズの大事なお約束です。「潜入操作中のNATO工作員名簿」という爆弾情報を持ち逃げしたテロリスト。これを追う我らがボンドちゃん(ダニエル・クレイグ)はトルコの街を駆けずり回ってターゲットを追い詰めますが、上司のM(ジュディ・デンチ)の命令で放たれた銃弾がうっかりボンドに命中。たっかい橋から落ちて人事不省に陥ります。ぐったりしたまま流しそうめんのように川を流され滝壺に落ちるボンド。かつてないやらかし感を誇るアバンタイトルです。ここまでのアクションシーンはシリーズを通しても屈指の規模で、うっかりするとこの映画ではここが一番派手かも知れません。で、水中に落ちたボンドをフォローする映像からメインタイトルへ。



・メインタイトル&主題歌

 

アデルの歌う「スカイフォール」は近作の主題歌の中でも名曲の部類にカウントして良い出来栄え。タイトルバックは例によって女体が渦巻くめくるめく系のアニメーションですが、モチーフは「水中」の他になぜか「廃屋」「墓」。???ここはじっくり見たかったところですが、主題歌の訳詞の字幕を追ってたら映像の方に集中出来ず己の英語力の無さに絶望です。しかしこの主題歌は非常によろしい。曲はジェームズ・ボンドのテーマの特徴的なコード進行を流用して新しい解釈を加え、詞は「これで終わり」という一節から始まるあたりが物語の絶望感を煽っております。なぜ廃屋や墓なのかという点は観てればおいおい判るので無問題でした。

 

 

 



・今回の事件

結局データを持ち逃げしたテロリストちゃんは逃げおおせてしまい、データはバッチリ流出してMは政府筋から責任を追求され更迭寸前。いっぽうボンドは依然行方不明のままで、Mは寝覚めの悪い思いをスパークさせつつボンドの追悼文をしたためたりしますが、そこへ彼女のPCに侵入してきた何者かがモンティ・パイソンもかくやの面白動画を使って彼女に警告を発します。曰く「己の罪を思い出せ」。この警告者はさらにMI6の本部を爆破してさらにMを追い詰めます。


一方ボンドはどっこい生きてました。上司に捨て石とされたショックから自暴自棄となって酒に溺れ、Mにも連絡を入れないままどこぞの女のところでとぐろを巻いてたところ、バーのカウンターでMI6爆破事件のニュースを目撃。「やっぱりわしがおらんといかん」と思い直しヨレヨレの風体でロンドンに戻ります。


ロンドンでMとボンドは再会を果たすものの、ヤケ酒をあおっていた数ヶ月の間にボンドの身体はすっかりナマッてしまい、しかも酒のせいで手がビブラートして銃器の扱いも覚束ない。Mはボンドに任務復帰のためテストを受けさせますがこれもいよいよ怪しい。お目付け役の官僚マロリー(レイフ・ファインズ)からもネチネチと嫌味ボムを撒き散らされます。しかしMの差しがねでなんとかテストをパスしたボンドは爆破の犯人を追って上海へ。そこで現れたのが元MI6のスパイで今やテロリスト稼業のシルヴァちゃん(ハビエル・バルデム)。こいつがまた全方位的に切れまくったモンスターで、かつての上司だったMへの憎悪をぐらぐら煮立たせて今にも吹きこぼれそうなご様子。こいつが積年の恨みを晴らさんとMI6にガチで仕掛けた喧嘩が今回の事件、というご理解で宜しいかと。



・今回の悪役

バルデムちゃんいいよ〜バルデムちゃん。予告編では「なんだこの変な金髪」と思いましたが、登場シーンでこの映画を一気にカッさらっていきます。アジトは孤島の廃墟。ロケ地:軍艦島(ただし外観のみ)。捉えたボンドを椅子に縛り付け、小話を芝居っ気たっぷりにねちねちトークしながら登場です。この登場シーンが実に粘液質で、話す小話もこの映画の中の対立構造の暗喩となっており非常に印象深い。そして椅子に縛られたボンドをどエロいタッチでつつきまわすあたりの不気味さがまたよろしい。さらに今回イアン・フレミング的フリーキーなキャラ造形が復活しており、Mと対峙したときに「あんたが見捨てたせいでオイラの内蔵ガタガタなのよう」と入れ歯を外して変形した顔面をさらすシーンが非常にショッキングです。このような不気味なキャラながら、ハビエル・バルデムが実に楽しそうに演じているため、007の歴史においても屈指のイカレ具合を誇る悪役となりました。『ノーカントリー』のシガーも強烈な悪役でしたが、あちらが善悪の彼岸を超越した殺人マシーンなのに比べ、こっちは上司に愛されたい陽気な変態マザコン野郎という方向性で、味わいがガラリと異なります。



・今回の秘密兵器

ダニエルボンド3作目にしてようやくQちゃん登場。しかもなんだこいつは!この腐女子が好みそうな髪モジャ理系メガネ男子は!と思いますが口のひねくれ具合はボンドとタメを張っており、昔と変わらず「壊さないように」と釘を差すのを忘れない辺りが「ああやっぱりQだ」と一安心です。昔のQが町工場のオヤジならこっちは東大理工学部といった趣で、アナログな秘密兵器の開発屋からスマートなデジタルガジェットの使い手に変身しており、やっぱりシリーズも50年やってりゃこういうところが変わってくるよなと感じさせられます。新しいQを演じるのはベン・ウィショー。あっこの兄ちゃん『パフューム ある人殺しの物語』の主演か!


ガジェット的には、掌紋認証機能のある拳銃が登場するくらいで、まだQのラボもなく、従ってそこで開発されている王様のアイディア的な面白兵器の登場もありませんが、今回MI6が爆破されたせいで事務所全体が地下に潜行したため、往年の研究所の雰囲気が復活しております。これは次回作以降に期待したい。それと、あるシーンであの!往年の!アストン・マーチンDB5が!大復活!007のテーマをバックこの車がロンドンを走るシーンはそりゃあアガりますよ!しかも助手席にはMが乗っており、Mの減らず口にイラッとしたボンドがシフトレバーの赤いボタンを押しかけるという秀逸なギャグも入っております。何のことかわからない人は『ゴールドフィンガー』を観ること。



・今回のボンドガール

まずはナオミ・ハリスちゃん。冒頭でボンドとともにアクションに参加しますが、列車の屋根の上でボンドともみ合うテロリストを狙撃したところ見事にボンドにヒット。ボンドに臨死体験をさせた史上初のボンドガールとなりました。その後、復活したボンドとちょっといい雰囲気になりますがいいところで寸止めをかまして、アレ?と思ったらその後出てこなくなりました。代わりに出てきたのがファム・ファタール方面担当のベレニス・マーロウちゃん。この人はシルヴァの情婦で、見るからに色々吸い取られそうな黒いオーラを発してますが、ボンドのとの会話で話がシルヴァの事に及ぶと悪そうなオーラがガラガラと瓦解して挙動不審となり、一気に幸薄い感じになってしまう辺りがなかなかうまい。しかしこの人も途中で退場。


あれ?ボンドガールいなくなっちゃったじゃん…と思ってたら、後半に入るあたりで、Mがシルヴァに狙われ、それをボンドが守りながら逃避行に至るという展開になって…ってMがボンドガールかよ!マジ?と思ってたら話は最終舞台にもつれ込み、シルヴァとの交戦で傷ついたMはボンドの腕の中で息を引き取ってボンドは泣きながら額にチュー。という衝撃の展開に。いやあこれはびっくりしましたね。「Mが」「最高齢のボンドガールになり」「しかも死ぬ」という三重の驚き展開には古くからのファンほどビックリでしょう。しかもMを抱きしめてボンドが涙を流すというある意味一線を超えた行動。これまでボンドが悲しみで涙を流したのはシリーズ初ではないか。



・今回のラストステージ

過去のシリーズでは、終盤のアクションの舞台は敵の要塞とか基地とかアジトとか、そういう相手方の本拠地に乗り込んで派手にドンパチをやらかし大暴れ、というのが定番でしたが、今回のラストステージはなんと、ボンドの実家!実家ですよ!「50周年だし、ウチくる?」というまさかの展開。この実家のある荘園の名前が「スカイフォール」ええっ!?明かされたタイトルの秘密の衝撃で抜けた腰も元に戻る勢い。ボンド実家に帰省!書いていて目眩がする字面です。ボンドの両親は早くに世を去っており、屋敷はもはや廃墟。ここの管理人(アルバート・フィニー)と協力して、ボンドとMはシルヴァの襲撃に備え『ホーム・アローン』もかくやのブービートラップを用意します。このプロセスでだんだんとこの三人が親子に見えてくるよう演出されており、しっとりした感動の名作風味が漂ってきます。いったい自分は何の映画を見ているのか。わからなくなってきました。



・結末

いろいろあってボンドはシルヴァを倒しますが、Mを失ったことで実質的には負け戦です。物語としての結末はついたものの苦い味わい。しかし俺たちの戦いはこれからだ!と話はこれからのことを語ります。まずマロリーがMに就任。ああそのためにこの人が出てきてたのか!なぜこの役柄にレイフ・ファインズというビッグネームをあてがっていたのかが全然判らなかったのですがそうきたか。そしてナオミ・ハリスの役名がなんとマネーペニーと判明。現場を引退してMの秘書におさまります。そうかー!そういうことだったのかー!と終盤にして高まるテンション。古いファンほど盛り上がります。『カジノ・ロワイヤル』以降のリブート路線は今回で一応の完成をみて、次回からバリバリいきますよ、昔みたいに!ということなのでしょう。であればこの映画は次のステップに飛ぶための助走とも思え、ならば一回こういうのもいいでしょ、とやってみた結果の名作路線ではないか。じゃあこういうのがあってもいいか、という気もしてきました。まあ掟破りといえばその通りですが、それを裏切ってくるところにもまた別の面白さがありますしね。