カジノロワイヤルの手帖

banの映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

だだ漏れる執念『JUNK HEAD』(2021)

 

 

監督(およびその他ほとんどの工程):堀貴秀。人類は遺伝子操作によって永遠の生命を得た代わりに、生殖能力を失ってしまいました。一方地下深くでは人工生命体マリガンが繁殖し、独自の生態系を形成していたのです。人類は事態の打開にマリガンの遺伝子情報が必要と目をつけ、一般人から探検要員を募って地下に送り込んでいます。それに志願したのが主人公。ポッドに搭乗して穴に投下されますが、マリガンたちから攻撃を受けた彼は爆破され頭がもげてしまいました。それを拾ったマリガンの博士はその頭に機械の体を与えます。使命を思い出した主人公はミッションを完遂すべく、奇怪な生命体がうごめく地下世界に潜っていくのですが…。

 

 

というダークでグロテスクなお話を、100分のストップモーションアニメで描く作品です。古今ストップモーションアニメの名作はいろいろありますが、長編となるとグッと本数が減るのはやはり尋常でない制作の手間ゆえでしょう。近年はコンピューター制御の技術向上により相当効率化されているはずですが、それでも1秒の映像を撮るのにモデルを動かしながら24枚のコマ撮りを必要としますからやはり気が遠くなるものがあります。それを100分作るとなると、100分×60秒×24フレーム、つまり144,000枚の撮影が必要なわけで、さらにカットを割りつつ、動きも計算しつつ、ときにNGも出しつつ、となるとそれはもう膨大な手間としか言いようがなく、根気がいくらあっても足りる気がしません。並の根性なら一日でギブ。

 

 

とはいえコマ撮り専門の制作スタジオもあるくらいですし、蓄積されたノウハウの上でなら、今やそれほどの困難事ではないのかもしれません。ただし、経験を積んだプロの集団が、十分な技術と設備と資金と時間を得た上で、の話ですが…。

 

 

それを、経験のなかった一個人が、ほとんど一人だけで作ってしまった(!)という、まさに、まことに、掛け値なしに、正真正銘の、トンデモナイ映画がこの『JUNK HEAD』です。 144,000枚の撮影を仮に1日24枚こなしたとして、単純に6000日かかる。ちょっと考えただけでも脳のシワから煙が立ち上る物量です。実際は撮影に7年かけたそうですから、もう、なんというか、生活の大半をこれにつぎ込んだであろうことは想像に難くなく、どうやって制作意欲を長期間保てたのかとか資金どうやったんだろうかとか支援してくれる人はいたんだろうかとかちゃんとご飯食べれてたんだろうかとか、いろんな懸念や心配が脳裏に満ち溢れてきて最後にはなんかもう単純に尊い…有り難い…と行者を拝むインドの民のようにひれ伏してしまう。さらにキャラクターデザイン、脚本、絵コンテ、ミニチュアやセットの制作はおろか、音効、声優、音楽まで自分でやってますから、おそるべきDIY精神。自主制作の極北です(※とはいえさすがに一部は経験のあるアニメーターが協力している模様。あと音楽と声も)。

 

 

細やかな動作、セットの緻密さを見よ!

 

 

というだけでも十分どうかしているのですが、それを驚くべきハイクオリティでやってしまったのがこの映画の凄まじいところで、ダークでグロテスクなキャラクターたちは生き生きと動いて思いがけないほど可愛げがありますし、脱力のギャグシーンもあれば少年ジャンプもかくやの熱いアクションもありとエンターテイメント性もバッチリ。一方で神秘と虚無を感じさせる背景美術や、ふしぶしに深い闇を感じさせるディティール(時々出現する主人公の素顔の生々しさと、それがまとう深い虚無感を見よ!)も充実しており、人類存続の鍵をもとめて深淵に飛び込んでいくという神話性のあるストーリーもあって、アートフィルムのような前衛性も持ち合わせています。

 

 

一人でよくぞここまでやった、というよりは、一人だからこそ思う存分自分の思い通りにこだわって作ることができた、と言ったほうがいいかもしれません。7年間、一個人が己のヴィジョンに忠実に没頭した結果がこの凝縮された100分であって、もしこれが分業で作られていたら、世界観がブレたり、制作費がかさんだり、仲間の離脱で制作が頓挫したり、というような結果になっていたかもしれない。そういう意味では一人で作られるべくして作られた映画ということもできます。が、それがどれだけ困難なことか。そう思うと執念が全カットからにじみ出ているように思えてなりません。

 

 


だだ漏れる執念

 

 

その映画を支えているのは、ただ完成させるために前に進む不屈の意志で、それだけですでに称賛に値しますが、さらに映画自体のクオリティが水準を遥かに超えるもので、そのすべてをひっくるめて、これぞまさしく才能、と呼ぶほかはない。

 

 

惜しむらくは、構想が長大なため今作だけですべてを描き切れていないことで、これは続編が制作されるべきことを意味します。というかこの上まだ作る気なのか!どうかしてる!もうこの作者が恐るべき才能と情熱の持ち主であることは疑いようがないので、心ある投資家の皆様におかれましては、どうか資金を出して制作を助けてあげて欲しい。理想的なのは金は出すけど口は出さないタイプの投資家。脇からいらん口をはさむとそれだけで制作が止まりそうな孤高の作家性だけに、長い目で見守ってあげてほしい。そこのアラブの石油王の皆さんどうですか!あと、クラウドファウンディングがあるなら自分も微力ながら協力したい所存です。

 

 

gaga.ne.jp

 

恐怖の虚無型地雷『フォックスキャッチャー』(2014)

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監督:ベネット・ミラー。出演:スティーヴ・カレルチャニング・テイタムマーク・ラファロ。ロス五輪で金メダルを獲得したレスリングの選手、マーク・シュルツ(チャニング・テイタム)は、同じく金メダリストである兄のデイヴ(マーク・ラファロ)と共に五輪連覇を目指していましたが、経済的な後ろ盾が無いため苦難の日々を送っていました。しかし突然デュポン社の御曹司であるジョン・デュポンから支援の申し出を受けます。自身もレスリングのファンであるデュポンは高額の年俸と最新の設備でマークを迎え入れ、自らコーチとなって二人三脚でソウルオリンピックでの優勝を狙うのでした。

 

 

世界選手権ではめでたく優勝を掴んだものの、デュポンのコーチングは傍目にも分かる素人芸で、しかもマークにコカインなんか教えてしまうというデタラメさ。マークとデュポンの関係は蜜月を迎えますが、蜜月すぎて薬と酒の量も増え練習にも身が入りません。

 

 

所詮は金持ちの道楽芸なのでデュポンがそのへんをコントロールできるわけもないのですが、そこをわきまえないのが下手に権力のあるドラ息子の常。練習前にヘラヘラくつろいでいたマークの頬を突然張り飛ばし、この役立たずめ!と突然の面罵。おまえなんかより兄を呼べば良かった!とそれまでの入れ込みようが嘘のような豹変。その後金と権力をフルに使って本当に兄ちゃんのデイヴを召喚してしまいますからマークの立場ったらありません。信頼していた相手に受けたこの仕打ちにガラガラと調子が崩れ始めます。

 

 

デイヴの方は長らくマークの父代わりとして、またコーチとして務めてきただけあって、人格者です。能力のないくせに口ばかり出したがるデュポンをいなしつつ、精神的に不安定になったマークを支え、どうにか彼をソウルオリンピックに出場させるのですが…。

 

 

この後、3人の関係は崩壊に向かい、ある事件をもってカタストロフィを迎えます。この作品はその事件を含めた実話の映画化で、登場人物もみな実名ですから驚きです。デュポン社といえばアメリカの三大財閥のひとつ。金も権力も絶大でしょうに、このような全く遠慮のない映画が作られてしまう。いやーアメリカ凄いな。骨太だ。

 

 

 

 

 

で、この映画なんですけど、それはそれは怖かったですね。けだし怖い状況と言っても様々です。ある日森の中熊さんに出会った。排便中に震度6地震がきた。追突した車の中から白いジャージ男の集団が出てきた。なぜか上司が自分の貯金額を知っていた。などと色々ありますが、今回そこに追加したいのが「何を考えているか全くわからない権力者」です。

 

 

この映画のデュポンは終始表情のない、虚無としか言いようのない顔をしており、およそ人間らしい情愛を全く感じさせません。それでいて、マークに対し篤志家として、コーチとして、友人として、時には父代わりとして接してくるのですが、表情が無いだけに何を考えているか全くわからない。それならまだしも突然機嫌を悪くして激昂する、持っている銃を突然ぶっ放す、といった悪質な地雷のような爆発をします。しかも止める者がいないので、腑に落ちなくても彼の言いなりになる他はない。厄介な虚無型地雷が自分の生殺与奪の権を握っている、というおそろしくタチの悪い状況。なので映画には終始居心地の悪い不穏さが充満しており、それだけに先が気になり食い入るように観てしまうのでした。

 

 

このドラ息子も母には頭が上がらないのですが、母はレスリング自体を毛嫌いしており、軽蔑の態度を隠そうとしません。デュポンの不可解なレスリングへの入れ込みようはこの母への反抗と、また逆に認められたいという承認欲求の現われなのでしょう。

 

 

しかしそこはそれ、小さい頃から大富豪の御曹司として周りに忖度される人生を送ってきた結果、彼自身は財力以外に何の力もない、空疎な人間として育ってしまったと思われます。本人もどうやら深層心理ではそのことに気づいているらしく、マークを囲い込むのもオリンピックでの勝利に固執するのも、すべてその空虚を埋めるための行為であるようです。デュポン自身も50の坂を越してからレスリングを始めますが、シニアの大会で優勝して「やった~」と無邪気に喜んでいても、裏では周りが手を回して勝利を金で買っていたりしますから、一事が万事この調子じゃ人間も歪むよねえ。気の毒と言えなくもないですけど。

 

 

まあ「知らんがな」というのが正直な感想です。しかもこういう空疎な人間がこじらせの果てにタカ派に走り、愛国精神をとくとくと語ったり、戦車買ってマシンガンが付いてないのにブチ切れたりという描写もあり、薄ら寒いものがあります。

 

 

役者は三名とも大変うまく、デュポンを徹底的に空虚に、かつ不穏に演じたスティーヴ・カレル、振り回されて精神的に不安定になる弟を脳筋さと繊細さの両方で演じたチャニング・テイタム、両者に板挟みになりつつも役割を全うしようとする頼れる兄貴のマーク・ラファロ三者三様の演技を堪能できます。なんとデュポンのご母堂としてヴァネッサ・レッドグレーヴが出ておられ、まあだいぶお年を召されてますがお元気そうで良かった。

 

 



 

最初から最後まで続く、何が起こるかわからない不穏さ。張り詰めた緊張感。地雷をいつ踏むかも知れない恐ろしさ。そしてこの映画はついに地雷が大爆発することで終わりを迎えますが、「なぜそんな爆発の仕方をしたのかわからん」というのがこの映画の一番の恐ろしいポイントといえます。いや、よく考えればわからなくもない。ないがしかしそうはせんだろ普通。ホント、何考えてるか分からない奴が金と権力を持ってることほど怖いものはありません。ねえ。

 

  

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実は映画史的に重要かもしれない『ウエストワールド』(1973)

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監督:マイケル・クライトン。出演:ユル・ブリンナーリチャード・ベンジャミン、ジェームズ・ブローリン。なんの流れか先日いきなりNHK-BSで放送されたので思わず録画です。砂漠の真ん中に作られた巨大テーマパーク「デロス」。そこは古代ローマ、中世ヨーロッパ、開拓時代の西部の3エリアに分かれ、一日1000ドルという高額の滞在費ながら、ゲストは精巧なロボットのキャストを相手にありとあらゆる好き放題をやってヨシ!というオトナのワンダーランドなのでした。妻との離婚裁判に疲れた弁護士のピーター(リチャード・ベンジャミン)は、お前ちょっと疲れてるから気晴らししてこようぜーという友人のブレイン(ジェームズ・ブローリン)を伴ってデロス入り。開拓時代の西部を再現した「ウエストワールド」にチェックインし、おっかなびっくり酒場に行ってみると早速ガンマンロボ(ユル・ブリンナー)に絡まれたのでおぼつかない手付きでこれを射殺。夜は夜で娼婦宿にシケこんで店のおねいちゃんロボとハッスルタイム。なんだこれココさいこう~!と離婚の憂鬱もどこへやらです。

 

 

他にも、ガンマンを射殺したら保安官に逮捕されるので留置場を爆破して逃げ出せ!とか、娼婦宿でひょんなことから大乱闘が始まるので思う存分暴れて女の子にモテろ!などといちいち細かいイベントが埋め込んであり客を飽きさせません。しかも相手がロボットなので殴ろうが殺そうが手篭めにしようが問題なし。ロボットの方は熱センサー内蔵で人間に対しては銃を撃てない仕掛けになっており反撃の憂いもありません。ロボは本物の人間とほぼ見分けのつかない精巧さで血まで出しますから各種体験も実に生々しい。このような芸の細かいおもてなしの裏で、何百人ものスタッフが壊れたロボットを回収して修理したり、イベントの発生をリアルタイムで管理したりしておるわけです。

 

 

そのロボットはすべて中央のコンピューターが操作管理しているのですが、しかしなにやら様子がおかしい。なんだか命令に従わないロボットがちらほら出てきておる。これはちょっとマズいんじゃないか。一旦閉めてちゃんとメンテしたほうが…と技術者たちは報告するのですが、すでに予約がパンパンになっているため上層部はこれを却下。ですよね~。その間にも着々とロボットは制御不能となっていき、ついに客が殺されはじめます。いっぽうその頃大乱闘イベントを終えて宿に帰るピーターとブレインの前にまたもユル・ブリンナーのガンマンが立ちはだかり…。

 

 

 

 

まだ『ジュラシック・パーク』などでブイブイゆわす前のマイケル・クライトンが自ら脚本と監督を務めたSF映画です。テーマパーク好きだな!しかしジュラシック・パークのような恐竜大好きよいこ向けのそれとは違い、ロボット相手とはいえ殺人OK暴力OKセックスもお好きなだけ、というまことにアダルティなテーマパークでその殺伐さはさすが70年代。今の世ならプランが立っただけで炎上焼き討ち間違いなしのポリコレ案件ですが、当時はまだ未来とは退廃するもんだと固く信じられていた頃ですし、こんなふうになるのも如何なものか、という風刺が込められていると思いましょう。

 

 

なんといってもこの映画といえばガンマンロボを演じたユル・ブリンナーで、この人を得た時点で作品の成功は半分約束されたといってもよいでしょう。なんといってもあの『荒野の七人』でリーダー格のクリスを演じた人ですから、日本で言うと日光江戸村志村喬ロボが出てきて襲ってくるようなものです。衣装も『荒野の七人』のまんまですから西部劇の好きなアメリカ人的には「おっクリス来た!」とテンションもぶち上がるというものでしょう。「クリス撃ったったw」「おれつええ~w」とか。しょうがねえな。

 

 

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この眼光!

 

 

このユル・ブリンナーが不敵な殺人マシーンと化して主人公を襲ってくるあたりは、のちの『ターミネーター』を始めとするSFアクションへの強い影響を感じさせます。それにユル・ブリンナーの眼光が凄い。照明でそうやってるのかコンタクト入れてるのかわかりませんが、とにかく暴走し始めてからのユル・ブリンナーの眼が異常な光をたたえていて、ちょっとこれはまともに相手したらマズそう、という雰囲気をビンビン放出しています。さらに逃げた主人公を追跡開始するあたりでロボットの主観ショットが挟まれますが、これが粗いモザイク状の映像で、史上はじめてCGIを映画に使った実例とも言われています。このへんもやっぱり『ターミネーター』っぽい。なんだか意外なところで映画史的に重要なんじゃないかこれ。倒した!と思ったロボが何度も襲ってきたりとか、その手の映画の雛形とも言える展開が入っているあたりも見逃せません。

 

 

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もしかしたら映画史上初かもしれないモザイク

 

 

映画は一応文明批判っぽい雰囲気で終わりますが、続編ではなんとあれだけの大惨事をおこしたデロスが再オープン、フューチャーワールドという新アトラクションを目玉に新装開店といいますから、懲りないと言うかなんというか、やっぱり隠蔽したのかな?このあたりはかつての未来も現在も対して変わらない悪徳っぷりで感無量です。続編は『未来世界』という題で日本公開もされてますのでこっちも観たいな。どうですかNHK-BSさん!

 

 

なお、ロボットの異常が次第に広がっていく様子が劇中ではウイルスの感染に例えられており、なんとなく今の現実世界を想起させるシーンがあったりしますね。こないだの『クリスタル殺人事件』といい、さらにこれも先日放送してた『ゾンビ』といい、NHK-BSの編成さんなんかメッセージ込めてきてない?考えすぎですかね?いやむしろいいぞもっとやれって思います。おわり。

 

 

 

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新しいホラーを目指すのか『樹海村』(2021)※ほんのりネタバレあり

樹海村〈小説版〉 (竹書房文庫)

 

 

監督:清水崇。出演:山田杏奈、山口まゆ。富士の樹海の奥にはその昔口減らしのために捨てられた者が生き残って村をつくっておったのじゃ…。という都市伝説に、ネット怪談としてつとに有名な「コトリバコ」伝説をミックスした一粒で二度おいしいホラー映画。前作の『犬鳴村』は…すいません観てません。今度地上波で放送するらしいので観ますから勘弁してください。監督は『呪怨』シリーズで全世界を恐怖のドン底に叩き込んだご存知清水崇。一時は実写版『魔女の宅急便』を撮ったりして好事家を惑乱させましたが前作と今作とで古巣に戻ってこられました。よくぞよくぞ。

 

 

とはいえ、世界を席巻したジャパニーズホラーのムーブメントからもう15年は経ち、そろそろ日本のホラー映画界にも新しい風を…ということでしょうか。『リング』の中田秀夫も、昨年の『事故物件 怖い間取り』で「ポップなホラー映画」を標榜してましたし、この『樹海村』も従来のジャパニーズホラーから一皮むけようとチャレンジを行っているような印象があります。

 

 

 

 

『怖い間取り』も『樹海村』もそうですが、VFXの使い方に躊躇がなく、むしろこれまで見たことがないような恐ろしいスペクタクルを生むべく積極的に使われている感があります。特に『樹海村』の場合、終盤に樹海の樹々そのものが怨念と融合し人に害をなすようなスーパーナチュラル描写があり、ここの場面は昔ながらの特撮とVFX、そして全身タイツの幽霊がよく融合してなかなかのおぞましさ。これまで日本のホラー映画ではCGをあまり全面に出さない感じがありましたが、もうそういうこと言ってたら同じような事しか出来ない、と作り手の意識も変わってきているようです。昨今テレビやネットに流布している心霊動画の類が年々あからさまなフェイクになってきており、なかには一見してCGだなーと分かるものもありますが、そういう動画に慣れきってしまっている若い観客を怖がらせるためには映画の方だって奥ゆかしくやってる場合じゃない!のかも知れません。人が死ぬ場面にしても直接的で、「衝撃映像」もかくやの前触れのない唐突な描写であっさり死んでいくという…。

 

 

良し悪しの話ではなく、今後こう言う方向性を突き詰めていったときに、ある日突然大変なモノが生まれてしまう可能性だってあるわけで、今はそれを見守りたいと、いちホラー映画ファンとしては思うのでした。

 

 

というわけで、かつてのジャパニーズホラーの特徴だった、特に小中理論に代表される「得体のしれない怪異」「ぼんやり映り込む幽霊」といった手法は出てきません。怪異は最初からより明確に害意を持つものとして出てきますし、恐ろしい映像は仄めかしやピンぼけ、ブレ味などを加えず直球の描写で迫ってきます。それは決して興ざめするようなものではなく、むしろ明確化することでよりはっきりとおぞましい意思/モノを見せる、という正方向のブーストがかかっています。そちらに舵を切ったがゆえに一個一個の描写がどれも禍々しいのです。

 

 


 

 

役者はいずれも好演で、主人公姉妹を演じた山田杏奈、山口まゆの両名はどちらも熱演。最近の若い役者さんはホント上手いな〜。しかしなんといってもここは出てくるだけで安心感と不穏さの両方を醸し出す國村隼がすごい。映画自体をキリッと引き締め安定させる要石のような安心感をもちつつ、つぎの瞬間何をやりだすか、言い出すか全くわからない不穏な感じ。もしあなたがうっかり樹海で迷ったとして、命からがら林道へまろびでてきたところに、富士山ナンバーの車が停まって出てきたのが國村隼だった場合、どうか。安心すると同時になんでよりにもよって國村隼なんだ、と思うのではないか。どうですか。

 

 

あと個人的にショックだったのが原日出子でねえ。最初主人公姉妹のお母さん役かと思ってたら、実はおばあちゃん役だった!というねえ。いや確かにそれなりにお年は召していらっしゃいますが、もうそんなふうに世代は移ろっているのだなあ、と複雑な気持ちになりましたよ。でお母さん役の方は安達祐実であるという、90年代を生き抜いてきた我々としてはここで激しい時の流れを感じざるを得ないわけです。ついでにいうとボーイフレンドのお父さん役が高橋和也(元男闘呼組)だったりとか…そらわしらも歳を取るわけよね。

 

 

 

 

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濃厚な80年代み『ときめきに死す』(1983)

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監督:森田芳光。出演:沢田研二樋口可南子杉浦直樹。ある新興宗教組織に雇われ、北海道の田舎の一軒家を守る医者(杉浦直樹)。そこに一人のテロリスト(沢田研二)が送り込まれてきます。医者の任務とは、このテロリストの生活を全面的に世話し、きたる有事に備えて彼の健康を管理することなのでした。裏社会での生活に疲れて流れてきたと思しき医者。そして、酒もタバコも女もやらず、ひたすらストイックな鍛錬に励む寡黙なテロリスト。そこに組織のコンピューターがはじき出したもうひとりの要員として、コールガール(樋口可南子)が送り込まれてきます。3人はつかの間の静かな生活を送りながら、組織からの司令をひたすら待つのでした。その一方、組織のコンピューターが暗殺対象として指定してきたのは、当の新興宗教の教祖その人で…。

 

 

83年の公開時から気になっていた映画ですが、観たのは2020年の今が初めて。ものすごく当時の匂いを感じる映画です。映画はその時代その場所の雰囲気を切り取って冷凍保存するものですが、年月を経てなおその時代の匂いが鮮烈に蘇ってくる、そのような映画というのは実は限られているのではと思います。

 

 

この映画はその際立った例でしょう。あらすじに書いたようなシチュエーションとはいえ、新興宗教についても、テロリストについても、思想的な背景はおろか動機すら全く描かれません。そもそも無視されていると言ってもいい。物語は表層だけを追い求め、裏にあるはずの事情や思惑を追求せず、不穏さを漂わせながらストーリーを淡々と綴っていきます。裏書きの欠落した表層だけが、ただの道具立てとして思わせぶりに消費されていく…。この表層の掬い取り方、解らないものをあえて掘り下げない物語との距離の取り方に、濃厚な80年代みを感じます。

 

 

70年代までなら、主人公の内面や思想、動機を追求し、なぜそのような行動を取るに至ったかを明に暗に描写しようとするでしょう。90年代なら、それをパーソナルな主題に落とし込み、個の物語を全体の物語として象徴させた上でさらにエモーショナルに迫ってきたことでしょう。しかし、80年代に作られたこの映画は、物語を掘り下げず、筋書きの表層だけを謎めいて示す、という作劇に徹しています。この空虚感が愛おしいくらいに80年代。濃く語るよりも、ニヒルに漂わせる時代。あの頃はこんなのがカッコよかったのだ、という反省も気恥ずかしさもひっくるめての、2020年代からの俯瞰とノスタルジー。しかもそれが妙に心地よかったりするのです。

 

 

杉浦直樹の9:1

 

 

沢田研二のテロリストは、本人の面のような表情も相まって謎めいておりますが、海で水着姿になったときなど筋肉も少なく腹回りに至っては肉が余り気味で、今現在の視点から見ると「絞ってこんか!」と小言の一つも漏れます。ただこのテロリスト、生活能力があるのかすら疑われるデクノボウで、車の運転もまともにできない。役立たずの殺し屋という設定なのでこれはこれで正解なのでしょう。医者の杉浦直樹は汚れ仕事も厭わないタフガイ的な役回りなのですが、育毛剤の塗布が足りなかったのか9:1の微妙な髪型がハードボイルドさを滅殺しておりこのキャスティングはちょっとどうなのか。とはいえヌメヌメとした真意不明な中年の不気味さは大変良く出ており、髪型とのハーモニーとも相まってこの映画の不穏さをいや増しています。

 

 

演出もまた徹頭徹尾虚無感に徹しており、ときには映像を捻じ曲げてまで虚構感を突きつけてきます。暴力的な場面のあとに意図的に挟まれる裏焼きの映像。交通標識が明らかに鏡文字になっているのを隠そうともしません。と思えば、三人がレストランでテーブルを囲むシーン。カットが切り替わるとどう見ても三人の位置関係が入れ替わっているのですがそれを意図的にやっている。さらにその背景に無意味に暴力を振るう人間の姿が写り込んでいる。すごいのはドライブのシーンで、北海道の白々とした森の中、車を走らせる3人。その走り続ける車の周りをカメラがゆっくりと360度回り込みます。ちょっとこれどうやって撮っているのかわからない謎ショットですが、青ざめた色味と相まって現実離れした浮遊感を醸し出します。冷たく突き放したような作り物感。撮影の前田米造の手腕が光ります。ひたひたと浮遊する音楽(塩村修)も虚無感たっぷりで、ことにメロディを奏でるベルの音色(DX7?)がもう赤面するほどに80年代。

 

 

ラスト。沢田研二は教祖が北海道の田舎町に巡行してきたところを狙って凶行に及びますが、まるで訓練されていない素人丸出しの動きで教祖に近寄り凶行におよぶ前に捕縛されてしまいます。いままでの訓練はなんだったのか。とはいえ現場は騒然とします。そこから逃げ出した教祖をまた別のヒットマンが待ち構えておりこれを狙撃するのでした。沢田研二は実は囮であり、あらかじめ報われないことが決まっていた捨て駒だったのです。それを悟った沢田研二は何も言わず自らの手首を噛み切って壊れたスプリンクラーのような血しぶきにまみれ死ぬのでした。この犬死に感。空虚感。

 

 

まるで北野武の『3-4x10月』『ソナチネ』のプロトタイプを観ているような手触りです。これらの映画もひどい虚無感と痙攣のような暴力描写が同居する不気味な映画でしたが、『ときめきに死す』はそれを先取りしたかのようで、もしかしたらものすごく後世に影響を与えた映画なのかも知れません。北野武がこの映画を観た可能性は非常に高いと思います。

 

 

ときめきに死す

ときめきに死す