カジノロワイヤルの手帖

banの映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

スカイ・クロラ

オリジナル・サウンドトラック 「SOUND of The Sky Crawlers」
監督:押井守巷間での微妙な評判やギッタンギッタンな噂を耳にしていたので、心配半分期待半分で観てきました。が、これが意外と良かった。観た人の半分はつまらないと思うかも知れない映画ですが、自分としてはたいそう心に残る映画でした。以下感想をしたためますが多分ネタを割りまくると思うので未見の方はご注意ください。あと注意として、鑑賞の際はエンドロールが出ても場内が明るくなるまで決して席を立たないように。ではいきます。




感想1)
そんな言われているほどヒドくないと思いました。むしろ完成度は高いと思います。観た後も言い表せないような余韻と感傷が残りました。娯楽もしくは平和の留め金として提供される産業化されたショーとしての戦争。戦闘機を駆るのは永遠に思春期のままで生き続ける「キルドレ」という子供たちで、彼らは歳も取らず、自然に死ぬと言うことがありません。なので彼らが死ぬのは戦死か自殺か他殺か、という、永遠の思春期ってか。ええなあ。と来週37才になる自分としては一瞬うらやんでしまう設定ですが、子供のまま永遠に年を取らず生き続けると言うのはそれなりに苦しみもあるらしいので痛し痒しです。


感想2)
上記のような基礎設定が全く説明されないまま映画は始まり、若干伏線を張りつつも、後半に入ってからやっとこの映画の基礎設定部分が語られるので、全く予備知識がないままスクリーンに対峙した人はおそらく「???どゆコトこれ???」となるのは必至かと思われますので一応チラシくらいは目を通しておいた方がよろしいかと。押井守は前作『イノセンス』でも基礎設定部分を「判っていること」としてすっ飛ばした前科があるため、観ている途中で「またそーいうことをする!」とプンスカのマークが頭のてんこすに点灯しましたが、最後まで観るとこの世界のカラクリがちゃんと把握できるような作りになっており、前半何が起こっているか判らなくともそこを乗り切れば後半にキチンと映画にノレるかと思われますので、なんとなくプンスカマーク消灯。


感想3)
今回、設定がパイロットの話、というところで空中戦が目玉です。航空機や空や雲、空中から俯瞰した地上や海面は全てCGで表現され、2Dで描かれるキャラクターたちのビジュアルと極力手触りが違わないようにフィルターがかけられていますが、しかしそれでも拭いがたいCG感というものは残り、この点がこの映画の最大の瑕疵かと思われます。地上でのいきいきした登場人物の動きに比べ、空中戦での航空機の動きはキレこそ良いものの、やはりマイナスの意味で無機的な感じが否めません。ただ、逆に地上と空中での世界の見え方がまるで断絶しているようにも思われるので、そこに何かの寓意があるのかもしれませんが、多分無いの方に200ペソ。


感想4)
『天使のたまご』では難解を突き破って虚無にまで近づいていたストーリーとテーマですが、意外にも本作では基礎設定を把握していれば比較的明快なものなっています。キルドレは永遠を生きる子供ですが、歳を取らずに永遠に職業軍人を続けるということは毎日が同じことの繰り返しとなり、一体自分はいつからパイロットをやっているんだろう、ということもだんだん判らなくなってきて「ぼんやりとしたもの」に包まれた不明確な意識に支配されるようになります。そうした、変わりばえのしない日常、ぼんやりとした自分の意識…アイデンティティの危機にどうやってケリをつけるのか?ということがこの映画の最大の問いかけであり、その答えとは、その状態を堪え難い恐怖として捉える者、そこから抜け出すために自ら命を断つ者、他者との干渉を重ねて他人の記憶としてこの世に残ろうとする者、生きてきた証しを残すために子供でありながら子供を産む者、「毎日通るこの道も、いつも同じ風景ではないはずだ」と考え、いつもと違う風景を見るために、敢えて強大な敵に戦いを挑んで敗れ去る者…。


感想5)
そうした子供たちの苦悩の陰で、戦争産業が行っていると思しき所業…キルドレの記憶(戦闘のノウハウ)のバックアップ」と、「他のキルドレに対するその記憶の植え付け」が匂わされ、薄ら寒い気持ちになります。もしかしたらクローニングによってキルドレ「量産」されているのかも知れない、という一線を超えた考えも浮かんでしまってガクブルです。


感想6)
そういう状況下で、背伸びしたように恋をしたり性行為をしたり、タバコを吸ったり酒を呑んだり女を買ったり、というキルドレの行動は大人になりたいと願う無意識のあがきの発露とも思えます。しかしそれも一瞬の抵抗に過ぎず、映画はこの状況が永遠に循環して続いてゆくであろうことを仄めかして終わります。それだけに、彼らのあがきがどんなに切実であろうとも、それもまたこのぼんやりとした日々の中に埋没してしまうであろうこと、そしてこの映画で最後まで生き残るキルドレの一人が、それへの抵抗を続けていること。この希望とも絶望ともとれる終幕が、観終わったあとにコクのある余韻を残します。だから決してエンドロールが終わっても席を立っちゃダメよ!エンドロールの途中で出て来た人は直ちに劇場に行って場内が明るくなるまで画面を凝視の刑に処されて下さい。


余談)
音響効果がえらいこと丁寧な仕事をしていて、おそらくフォーリーを使って効果音にも演技をさせていると思われ、これはグッジョブ!と思ってたら音響効果はスカイウォーカーサウンドが担当してました。めちゃくちゃ音情報が濃いのでそのへんに耳を傾けてみるのも一興でしょう。川井憲次の音楽はクワイアが入ったとたん「川井憲次だ!」と判る川井節炸裂状態で、美しい調べがこの映画の切なさをさらに盛り上げております。