カジノロワイヤルの手帖

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ウォーロード/男たちの誓い

「ウォーロード/男たちの誓い」ビジュアルブック
監督:ピーター・チャン。主演:ジェット・リーアンディ・ラウ金城武舞台は太平天国の乱真っただ中の清朝。いやあ太平天国の乱だなんて言葉を使うのは中学の社会の時間とき以来ですよ。こういう映画を観るときに役に立つから義務教育ってやつは侮れない。ついでに言うと英題の"THE WARLORDS"は戦いの道ではなく戦いの主たちという意味なのであった。ビバ教育。ビバ教養。つーかガッコ行っといてーマジ良かったッスー自分ー。


それはさておき内容ですがこれが熱かった。ただ一人卑怯に生き残った敗軍の将パン(ジェット・リー)。野心と同胞への愛に溢れる盗賊の首領アルフ(アンディ・ラウ)。その弟分で右腕である男ウーヤン(金城武)。この三人が運命によって道をともにし、血より泥より濃い契り「投名状」(原題)を交わして親の血を引く兄弟よりも熱い契りの義兄弟になるのですが、戦乱の世は非情のライセンスの発行所のごとくシビアで、小事を見捨てても大局を重視するパン、どこまでも信義に篤実なアルフ、その二人の間の板挟みになり苦悩するウーヤン。これら三人の血の契りが己らの血で清算されてゆくという書くからにつらい物語です。


戦乱の中国の映画というと思い出されるのが『レッドクリフ』前後編ですが、この映画は『レッドクリフ』の伝説じみたところを一切廃し、戦というものの汚さとしみったれたところを敢えて真っ正面から描いております。冒頭、おびただしい骸の山の中から這い出してくるジェット・リー。その後行き倒れて、介抱してくれた女の膝の上で顔面をぐっしゃぐしゃにして泣き崩れるジェット・リー。もうカッコ良さからは二億年くらい離れた描写ですがこれがまた切ない。その後再起を誓ったジェット・リーは盗賊の村に入ってそこの長のアンディ・ラウとその右腕の金城武の信頼を得、三人で一生消えない義兄弟の契り「投名状」を交わし、兄弟を傷つける者は殺す。たとえそれが兄弟その人であっても死なす。というさすが三千年の歴史の大陸はひと味違うぜという戦慄の絆を胸に清朝の軍隊としてのし上がっていくのでしたが、そこは好事魔多しで…。


いろいろ注文が無い訳でもないです。例えば太平天国の乱は南京陥落が一つの大きな戦略上の節目であるのですが、そこがスペクタクルとしては一切描かれずいつの間にかしれっと陥落した事になってたり、その前の蘇州攻略には一年以上の歳月をかけているのですがそれがあっさり字幕で「一年後」と書かれるだけで済まされてあったり、広げようとすればどこまでも広がる話であるはずなのですが、あえてそれを抑えている。いや正直物足りないっちゅーか、肩すかしっちゅーか、これから盛り上がるのですね先生!というところでベッキンと話の腰をへし折って次の展開に入る。美味しげなところをスッコーンとした容赦のなさでぶった切って、あくまで話の核を三人の義兄弟の確執に置いているのには一瞬物足りなさも覚えますが、観終わってから考えるとその辺を律儀に描いていた場合尺がいくらあっても足りないという事が判るのでまあ仕方がありません。ですので最初からこの三人の義兄弟の哀し切ない運命をのみを追う、という基本姿勢で鑑賞することをおススメします。


そうした視点でこの映画を観た場合、つらい。君たちはなんなの。偉なって理想の共同体を創るために義兄弟の契りを結んでのし上がろうとしたんじゃないの。なのになんでお互いを掻きむしり合って涙を流すの。と切な辛さがスパークリング。それぞれの思い、信念のぶつかり合いだけならまだしも、そこに彼らの思惑を超えた巨大な政治の力が加わり、最終的には大局の捨て駒となって哀しみの運命が待っているのでした。ひどい。ひどいわー。


三義兄弟を演じたジェット・リーアンディ・ラウ金城武はいずれも熱演。人間の強さと情けなさを同時に体現したジェット・リー。今回はアクションシーンが少なめですが無二の存在感と似合いすぎる弁髪で頑張ります。盗賊でありながら誠実さに生きるアンディ・ラウ腐女子貴腐人の皆様がキャーキャーギャワーブクブクというような役どころですが彼を待ち構える試練が余りにも切ない。そして今回最も頑張ったと思われる金城武。『レッドクリフ』では終止アルカイックスマイルでキラッキラしてましたが、今回は二人の兄の間で板挟みになり苦悩する立場で、ときに静かに泣きときに慟哭し、久しぶりに金城武を観ていいじゃないかと思わされました。いや『レッドクリフ』の孔明も良かったんですけどね。こういう血肉を削るような演技というのはやはり見応えがあります。ただまあ事務所的に弁髪にするのはNGだったらしく、劇中一瞬たりとも帽子を脱がないという不自然さが惜しいです。


まあこのように哀切極まりない映画で、終劇後は深く切ない余韻に浸る…はずだったのですが日本公開版はなぜかTHE ALFEEがエンディングテーマを担当しており余韻もへったくれもなかったのが悲しゅうございました。帰り、同居人に「なんでアルフィーなんだろう」と問うたところ「男三人組だからじゃない」という非常に腑に落ちる意見が出て来たのでたいそう感心した次第です。昔の『少林寺木人拳』や『拳精』といった香港映画も似たノリだったよねと思い直してなんとか自分を納得させました。まあそれはともかく見応えのある映画でしたよ。『レッドクリフ』の陰に隠れて全く話題になってませんが、お好きな方は必見です。