カジノロワイヤルの手帖

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豚と軍艦

豚と軍艦 [DVD]
監督:今村昌平、出演:長門裕之南田洋子丹波哲郎東野英治郎小沢一郎加藤武西村晃菅井きん殿山泰司。今となっては書いてて胃もたれを起こしそうな濃過ぎる面々です。ヒロインは吉村実子。どうやらこれがデビュー作らしい。こんな濃いい面子に囲まれて新人の彼女はさぞや大変だったのではと思惟されますが、その濃さに負けない熱演でした。しかしタイミング的には偶然でしたが、南田洋子長門裕之の共演を今みてしまうとは…。感慨深いものがあります。あとDVDのジャケがなんだかカッコいいな。しかし中味はこんなにスタイリッシュではなく、むしろ泥臭さの極みなので要注意です。


横須賀で、米軍基地の利権と米兵のサイフを飯のタネにして生きているヤクザと娼婦たちが、カネのために善悪も倫理もかなぐり捨てて生きてゆくのを描いた映画、というとなんだか辛気くささが三倍増しになりそうですが、出てくる奴らが男女を問わずどいつもこいつも食えない奴らばっかりで、良く言えばパワフル。悪く言えばふてぶてしさが爆発。劇中何度も言葉として出てくる「世の中の仕組み」とやらを骨の髄まで叩き込まれた奴らが起こすブラックなドタバタ騒ぎ。というわけで喜劇なわけですが、監督がイマヘイなのでカラッと明るくやり抜こう!というノリにはなるはずもなく、人生の澱が煮こごってヘドロのようになったような濃厚重喜劇でした。面白うございました。台詞聞き取りにくいけど。


この映画のヤクザはよくある東映調の任侠ヤクザではなく、米軍にたかって小銭をかすめ取り、基地の利権に食い込み、堅気の人間からカネを暴力でむしり取ってゆくロクデナシとして描かれており、また娼婦の方も、如何に金持ちの米兵のオンリーになってカネをむしり取るかを考えている打算的なビッチとして描かれていて、これがまあいっこも感情移入できない。いやこの場合むしろ感情移入させないように描いています。特に加藤武の倫理をどこかに忘れて来たかのような外道チンピラっぷりと、菅井きんのカネのために娘を米兵のオンリーにさせて大喜びというDQN母っぷりが突出しています。いやあ最近の邦画では昭和30年代は貧しかったけれども人の心は豊かだったね。そうだね。というような文脈で語られがちですが、この映画を見る限りいつの世も倫理を忘れたボンクラは一定数の割合で存在していて、それは昭和30年代も平成20年代の今も全く変わってないように感じられます。最近は倫理も道徳も忘れられ、とはよく言われる言説ですが、質的な変化はあるにせよ、それは別に今始まったことじゃないよ。というのは真理のようです。



主演の長門裕之のどうしようもない軽さ。人生今がなんとかなればいいんだよ的なテキトーさ。真人間になるにはカネが要る。カネを稼ぐには悪さをせねば、という悪循環。そういう軽薄に生きる若者を長門裕之桑田佳祐似)が絶妙の軽さで好演。また、若き日の丹波哲郎長門の兄貴分で出ていて、胃ガンで余命いくばくもないと思い込み、自殺しようにも死ねないので殺し屋に頼んで自分を殺させるという、のちの大霊界丹波を思い返すと実にコクが出る役柄を怪演していました。先日亡くなった南田洋子は、この映画ではアップカットがほとんどないのでビジュアル的な印象は薄いのですが、ドブ板街のボンクラどもの中にあって、人間味を失わない姐さんを好演です。



以下ネタばれているのでしばし改行。









まあこういう環境がさらに人心を荒廃させて、行き着く先は倫理観がどんどん無価値になってゆく退廃スパイラルな訳ですが、主人公の若い二人、長門裕之と吉村実子はそこからなんとか抜け出そうとあがきます。が、そこは好事魔多し。長門の方はヘタを打った組の尻拭いでムショ送りにさせられそうになり、あまりの理不尽さにブチ切れて繁華街のど真ん中でマシンガンを乱射。ついでに組のシノギの種であった大量の豚を町中で解放。横須賀のドブ板通りは大量の豚で溢れかえり組のボンクラどもは豚の下敷きになって死にかけの目に。しかし長門のほうも組員が律儀に「正当防衛!」「正当防衛!」といちいち念を押しながら撃った銃弾に倒れ、横須賀の街をさまよったあげく便所に顔を突っ込んで死にます。同じ頃、恋した長門と二人して街を出ようと決めていた吉村実子は横須賀の駅で来ない長門を待っているのですが彼はくるはずもなく、のち、彼女は自分を米兵の妾として叩き売ろうとする母や姉に愛想をつかし、堅い勤め人になるべく川崎へ出奔するのでした。完。


まあ恋人の長門も含め、身の回りの人間が死ななきゃ直らないレベルのバカだらけなのでこのままでは自分もバカになる。と何の未練もなく故郷を捨てるヒロインの行動に、最終的にほんの少しのカタルシスが生まれます。しかし彼女が去ったあとも横須賀の街ではこういうバカが死なないまましぶとく生き続ける、というのを匂わせる描写もあり、最後に取って付けたような華々しい音楽が余計にその空しさを際立たせ、そのカタルシスはどうにも苦く胃にもたれるのでした。そしてそもそも米軍基地の存在がこういう環境、こういう人々を生み出しているのではないか、とまで考えさせられます。重いけど面白い映画でしたよ。