カジノロワイヤルの手帖

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砂の女

砂の女 特別版 [DVD]
原作・脚本:安部公房、監督:勅使河原宏、出演:岡田英次、岸田今日子。とある砂丘に昆虫採集に来た男(岡田英次)は、村落の者の奸計で蟻地獄のような砂の穴底の家に幽閉され、毎日毎日穴からから砂を掻き出す作業に従事させられるのであった…という大不条理劇。その家に棲んでいるのは後家の岸田今日子で、毎日の砂掻き暮らしと、生活のあらゆる隙間に浸食してくる砂に対し、全身の毛穴から諦観を噴出させていてゴイスです。若いので色気もあるのですが、同時に妖怪のような面妖さも持ち合わせているという絶妙のキャスティング


この村落は油断すれば砂に埋もれそうなところを、このように外部のものをかどわかして穴に押し込んでは砂掻きに従事させることでなんとか居住できる環境を保っています。もちろん荒唐無稽ではあるんですが、日本のムラ社会が持つ土着性と排他性とエゴイズムを掬い取るように表出していて不気味です。ニホンのムラちょうコワイネー。もちろんこれはフィクションなわけですが、受け手にそう思わせるリアリティに溢れています。


とまあこのような不条理極まりない仕打ちに対し、男は様々な手を尽くして脱走やサボタージュを試みますが、なんせ穴は蟻地獄みたいなもんで砂がどんどん崩れて登れませんし、ストライキを起こしても逆に水の供給を断たれて日干しにされますから気の毒です。しかも生活環境は劣悪で住居には砂と湿気が容赦なく入り込み、部屋の中で傘をささないと食事もロクに取れないという、はやく匠を呼んであげて!と思わざるを得ないビフォーアフターのビフォーっぷり。唯一の慰めは岸田今日子との夜の生活ですが、相手が面妖大辞典から抜け出てきたような岸田今日子なので満足度は微妙。これがもし岸田今日子ではなくベッキーだったらどうか。小雪ではどうか。個人的には小池栄子をお願いしたい。などと妄想がスパークリングするわけですが現実は岸田今日子なわけで心境は複雑です。ここに猛烈なリアリティを感じます。このキャスティングはそういう意味でも秀逸。しかしねえ、こう砂ばっかりの環境じゃ行為の際に砂が入って痛





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…さきほど不適切な表現があったことをおわびします。それはさておき何故こんな不便な生活してまで砂を掻き続けるのか。男には全く理解ができないまま月日が流れてゆきます。しかし、この映画、そして原作の小説において、砂は単なる舞台装置ではなく、人間を圧迫するあらゆるストレスを象徴しております。それは都市生活であったり、勤めであったり、人間関係であったり、もっとプリミティブに言えば衣食住を確保するためのあらゆる労苦にあてはめても良いでしょう。その圧迫感のなかで人間は未来永劫あがき続けなくてはいけないんだよ、という冷酷な事実をこの物語は暗に明にささやくのです。そして、あれだけ逃げ出したがっていた砂の中での生活にいつしか男が順応してしまうのも、「砂の中だろうが外だろうが、結局は同じ事」という諦念の現れであると思われます。


その不条理感、砂の圧迫感を醸し出す武満徹の音楽が素晴らしい。これの音楽と音響は音屋としてライブラリに持っておきたいほど見事。これをSEとしてサンプリングしたアニメやゲームは結構あるんじゃないかという疑いも。タイトルバックも秀逸です。スタッフ、キャストの名前の横に捺印されている印章!われわれ文明人を文明人たらしめているのは、こうした印鑑のような頼りない記号装置に過ぎないのではないか、と暗に問いかけています。


そしてこの映画の主役とも言える砂!この砂が生き物のように降り積もり、動き、人間と生活を圧迫していくさまをモノクロの沈鬱な映像が見事にとらえています。砂こえー。ちょうこええ。このように話も映像も音楽も前衛の極みですが、砂という判り易い象徴のおかげで、前衛が陥りそうな難解さから見事に解放されております。よって前衛映画でありながら、判り易く面白くそして奥深いというまことに希有な映画です。凄いなあ…。