カジノロワイヤルの手帖

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しげるは関係なかった『愛のメモリー』

愛のメモリー Blu-ray

監督:ブライアン・デ・パルマ。出演:クリフ・ロバートソン、ジュヌビエーブ・ビジョルドジョン・リスゴー。1959年。実業家のクリフ・ロバートソンは愛する妻(ジュヌビエーブ・ビジョルド)と一人娘と幸せに暮らしておりましたが、突然妻と娘が誘拐されてしまいます。警察は犯人を追い詰めるものの、のんきな捜査方針がたたってこれを取り逃がしたうえ、追跡の途中で車が爆発して犯人妻子全員が死ぬのでした。…16年後。残されたクリフさんは罪の意識に苛まれつつも実業家として成功。共同経営者のジョン・リスゴーとイタリアへ営業旅行に出かけます。そこで出会ったのがなんと妻に瓜二つの女性サンドラちゃん(ジュヌビエーブ・ビジョルド)。いまだ過去に囚われているクリフさんは思わずサンドラちゃんをナンパ。アッという間にイイ仲となり周囲の反対を押し切って強引に結婚しようとします。しかし結婚前夜、16年前と同じような手口でまたも花嫁が誘拐されてクリフさんは半狂乱に!さてどうなる?というお話。

 

 


…ああこれはヒッチコックの『めまい』だなあ、というあらすじで、サンドラちゃんがクリフさんの家に入って前妻の名残と対峙するあたりは『レベッカ』を思い起こさせます。デ・パルマちゃんも好きねえ。原題は"Obsession"で「妄想」「執着」「強迫観念」という意味でしょうかね。こういう原題なので映画の内容もだいぶニューロティックな感じです。このへんもちょっと『めまい』入ってますね。



ミステリーとしてはかなり先の読みやすい内容で、特にジョン・リスゴーが出てきた瞬間黒幕センサーがピピッと反応してしまうのは、まあ2014年のこんにちから見た場合致し方ないとも言えますが、そこにこだわってるとこの映画はつまりません。このスケスケの真相を想像した上で、ニューロティックな香りを楽しむのが正しい頂き方かと。完全に妻子の死から立ち直ってなかったクリフさんが、妻そっくりの女性に会って心乱され、周囲から反対されて逆に意固地になり、反対されればされるほど執着の度がエスカレート。傍目にもかなりどうかしている感じにまで追い詰められた挙句、そこで花嫁がまた誘拐されて狂乱の度がマキシマム。ムキャー!というここまでの精神的追い込みが黒幕によって計算されたものであり、彼の狂乱した精神状態に乗じてじつは…、というあたりに物語のコクがあります。



主人公を演じているクリフ・ロバートソンは冒頭からニコリともしない仏頂面で表情に乏しく、妻子が誘拐されても死んでも「…」と常時劇画顔のままなので、本当に何を考えているか分からないと言うか、なんとなく漂う大根風味。しかしこれが後半のニューロティックさに拍車をかけております。「何を考えているか判らない奴」から「妄執に取り憑かれている奴」への自然なシフトが却って不気味です。



前妻と、彼女に瓜二つのサンドラちゃんを演じているジュヌビエーブ・ビジョルドが凄くイイ!前妻時の妖艶な人妻感もアリですが、サンドラちゃん時の活発でキュートな小娘感がたいへん可愛らしく、クリフさんでなくとも嫁に欲しい感が炸裂。終盤、事件の真相が暴かれるあたり、子供時代に退行しちゃって泣きわめくあたりも、なんていうかデ・パルマめ無茶させよると思いつつも説得力があって痛切。いやーまだ若いのにこの演技力はすごいなー、と思って調べたらこの映画の時点で彼女は三十路も半ばでした。三十路であの娘っぽさは逆に凄い。そして三十路かと思うとあの退行シーンは凄いを通り越してうすら怖い。女優って魔物やわー。


結末は一応ぼかしますが、クリフさんもサンドラちゃんもボロボロになり、絶望に打ちひしがれながらも、最後の最後で過去の事件から解毒されるというのが、暗い物語のなかにも一筋の救いがあってよろしい。最後のシーンはデ・パルマ節が炸裂してカメラが人物の周りをくるくる周回するのでデ・パルマファンも納得です。


なお、一応申し上げておくと松崎しげる全く関係ありません。関係ないハズ。日本における愛のメモリーはしげるのほうが先達。もしかしたら邦題つけた人がしげるファンだったという可能性は無きにしもあらず。以上、よろしくお願い致します。

 

 

(追記)これは言うとかな。バーナード・ハーマンの音楽が流麗で、渋くて、機能的で、凄くイイです。映画の情景を描くことに徹しているプロの姿勢を感じさせ、決して出しゃばらず、それでいて存在感がある。理想的なサスペンス映画の音楽がここにあります。ピノ・ドナッジオじゃなくてバーナード・ハーマンなのは、この映画がやっぱりヒッチコックへのオマージュだからなのでしょうかね。