カジノロワイヤルの手帖

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恐怖の虚無型地雷『フォックスキャッチャー』(2014)

フォックスキャッチャー [Blu-ray]

 

 

監督:ベネット・ミラー。出演:スティーヴ・カレルチャニング・テイタムマーク・ラファロ。ロス五輪で金メダルを獲得したレスリングの選手、マーク・シュルツ(チャニング・テイタム)は、同じく金メダリストである兄のデイヴ(マーク・ラファロ)と共に五輪連覇を目指していましたが、経済的な後ろ盾が無いため苦難の日々を送っていました。しかし突然デュポン社の御曹司であるジョン・デュポンから支援の申し出を受けます。自身もレスリングのファンであるデュポンは高額の年俸と最新の設備でマークを迎え入れ、自らコーチとなって二人三脚でソウルオリンピックでの優勝を狙うのでした。

 

 

世界選手権ではめでたく優勝を掴んだものの、デュポンのコーチングは傍目にも分かる素人芸で、しかもマークにコカインなんか教えてしまうというデタラメさ。マークとデュポンの関係は蜜月を迎えますが、蜜月すぎて薬と酒の量も増え練習にも身が入りません。

 

 

所詮は金持ちの道楽芸なのでデュポンがそのへんをコントロールできるわけもないのですが、そこをわきまえないのが下手に権力のあるドラ息子の常。練習前にヘラヘラくつろいでいたマークの頬を突然張り飛ばし、この役立たずめ!と突然の面罵。おまえなんかより兄を呼べば良かった!とそれまでの入れ込みようが嘘のような豹変。その後金と権力をフルに使って本当に兄ちゃんのデイヴを召喚してしまいますからマークの立場ったらありません。信頼していた相手に受けたこの仕打ちにガラガラと調子が崩れ始めます。

 

 

デイヴの方は長らくマークの父代わりとして、またコーチとして務めてきただけあって、人格者です。能力のないくせに口ばかり出したがるデュポンをいなしつつ、精神的に不安定になったマークを支え、どうにか彼をソウルオリンピックに出場させるのですが…。

 

 

この後、3人の関係は崩壊に向かい、ある事件をもってカタストロフィを迎えます。この作品はその事件を含めた実話の映画化で、登場人物もみな実名ですから驚きです。デュポン社といえばアメリカの三大財閥のひとつ。金も権力も絶大でしょうに、このような全く遠慮のない映画が作られてしまう。いやーアメリカ凄いな。骨太だ。

 

 

 

 

 

で、この映画なんですけど、それはそれは怖かったですね。けだし怖い状況と言っても様々です。ある日森の中熊さんに出会った。排便中に震度6地震がきた。追突した車の中から白いジャージ男の集団が出てきた。なぜか上司が自分の貯金額を知っていた。などと色々ありますが、今回そこに追加したいのが「何を考えているか全くわからない権力者」です。

 

 

この映画のデュポンは終始表情のない、虚無としか言いようのない顔をしており、およそ人間らしい情愛を全く感じさせません。それでいて、マークに対し篤志家として、コーチとして、友人として、時には父代わりとして接してくるのですが、表情が無いだけに何を考えているか全くわからない。それならまだしも突然機嫌を悪くして激昂する、持っている銃を突然ぶっ放す、といった悪質な地雷のような爆発をします。しかも止める者がいないので、腑に落ちなくても彼の言いなりになる他はない。厄介な虚無型地雷が自分の生殺与奪の権を握っている、というおそろしくタチの悪い状況。なので映画には終始居心地の悪い不穏さが充満しており、それだけに先が気になり食い入るように観てしまうのでした。

 

 

このドラ息子も母には頭が上がらないのですが、母はレスリング自体を毛嫌いしており、軽蔑の態度を隠そうとしません。デュポンの不可解なレスリングへの入れ込みようはこの母への反抗と、また逆に認められたいという承認欲求の現われなのでしょう。

 

 

しかしそこはそれ、小さい頃から大富豪の御曹司として周りに忖度される人生を送ってきた結果、彼自身は財力以外に何の力もない、空疎な人間として育ってしまったと思われます。本人もどうやら深層心理ではそのことに気づいているらしく、マークを囲い込むのもオリンピックでの勝利に固執するのも、すべてその空虚を埋めるための行為であるようです。デュポン自身も50の坂を越してからレスリングを始めますが、シニアの大会で優勝して「やった~」と無邪気に喜んでいても、裏では周りが手を回して勝利を金で買っていたりしますから、一事が万事この調子じゃ人間も歪むよねえ。気の毒と言えなくもないですけど。

 

 

まあ「知らんがな」というのが正直な感想です。しかもこういう空疎な人間がこじらせの果てにタカ派に走り、愛国精神をとくとくと語ったり、戦車買ってマシンガンが付いてないのにブチ切れたりという描写もあり、薄ら寒いものがあります。

 

 

役者は三名とも大変うまく、デュポンを徹底的に空虚に、かつ不穏に演じたスティーヴ・カレル、振り回されて精神的に不安定になる弟を脳筋さと繊細さの両方で演じたチャニング・テイタム、両者に板挟みになりつつも役割を全うしようとする頼れる兄貴のマーク・ラファロ三者三様の演技を堪能できます。なんとデュポンのご母堂としてヴァネッサ・レッドグレーヴが出ておられ、まあだいぶお年を召されてますがお元気そうで良かった。

 

 



 

最初から最後まで続く、何が起こるかわからない不穏さ。張り詰めた緊張感。地雷をいつ踏むかも知れない恐ろしさ。そしてこの映画はついに地雷が大爆発することで終わりを迎えますが、「なぜそんな爆発の仕方をしたのかわからん」というのがこの映画の一番の恐ろしいポイントといえます。いや、よく考えればわからなくもない。ないがしかしそうはせんだろ普通。ホント、何考えてるか分からない奴が金と権力を持ってることほど怖いものはありません。ねえ。

 

  

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  • メディア: DVD