カジノロワイヤルの手帖

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オジサンによるオジサンのための映画『テレフォン』(1977)

テレフォン [レンタル落ち]

ヤッツケ感あふるるジャケット

 

 

監督:ドン・シーゲル。主演:チャールズ・ブロンソンリー・レミックドナルド・プレザンス。いまだ米ソが元気に冷戦していた頃、しかしなんとなく雪解けの気配も見えてきた頃の話。母国の権力闘争に敗れてアメリカに落ち延びたソ連の将校ダルチムスキー(ドナルド・プレザンス)。彼が手持ちのメモを元にとあるアメリカのおっちゃんに電話をかけ「森は深く美しい。だが…」とフロストの詩の一節を読み上げると、なんということでしょう。さっきまで元気に仕事をしていたおっちゃんが突然魂を抜かれたようになり、車に爆弾を積み込んで米軍基地に突入、そのまま建物に激突して爆発炎上するではありませんか。

 

 

同様の不可解なテロが相次ぎ、アメリカ側は調査に乗り出す一方、ソ連側は「あいつ、やらかしおったな…」と苦い顔です。というのも昔ソ連の高級将校が書記長さまに無断で仕込んでおいたテロ作戦「テレフォン」を、逐電したダルチムスキーが勝手に起動させたからなのでした。その手口がまた凝っているというか気が長いと言うか、ソ連からアメリカに送り込んだ留学生にこっそり催眠術をかけておき「草」としてアメリカ社会に溶け込ませ、後日キーになる言葉を電話で聞かせることによって催眠が発動。一介のアメリカ市民からテロリストに化した「草」は爆弾を抱いてぽんぽん基地に突っ込んでいくという、なんだろう、手が込んでいるというかまだるっこしいというか、とにかく気の長い時代でした。

 

 

その草がなんと50人から居るといいますから、このまま放っておくとアメリカ政府もさすがに事のからくりに気づき、デタントもどこへやら、せっかくの雪解けムードもたちまち氷河期に逆戻りしてうっかりすると核の投げつけ合いになりかねない。なんとかせねば。といっても書記長さまにはナイショだからできればこっそり処理したい。というわけで白羽の矢が立ったのがボルゾフ少佐(チャールズ・ブロンソン)です。見た目はどう見ても汗とホコリとマンダムの臭いしかしないブロンソンですが、実は有能なソ連の将校であり、しかも写真記憶というチート能力も完備。渡された「草」リストもテスト前の受験生のように読み込むだけで暗記可能という浪人垂涎の異能っぷりです。しかしこの映画のソ連の将校、全員が全員日常会話も全部英語でこなすという語学の達人っぷりで、旧ソ連にも社内公用語は英語というルールがあったのでしょうか。ないですね。

 

 

ボルゾフはアメリカ人のふりをしてカナダ経由でアメリカに潜入。現地の助手としてやはりソ連の女スパイ(リー・レミック)と合流し夫婦を装ってダルチムスキーを追うのでした。いっぽうCIAもボンクラではなく、コンピューターにめっぽう強いメガネっ娘がデータ解析からことの異常さに気づき、かくてボルゾフ少佐とCIAの捕物競争が始まるのでしたが…。

 

 

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「苦み走る」を絵に書いたような

 

 

なんでしょう、冷戦も遠くなった2021年のこんにちからみると、えらいこと悠長かつトンデモな作戦じゃないか、と思われるかも知れませんが、当時はこれが割とリアリティを持って受け止められ、いやーソ連のことだからこのくらいのことはやるじゃろ、アメリカだってじつは裏で…というような認識が当たりだった時代ですから、東西冷戦というのがいかに異常な状況だったかがしのばれます。007みたいなことをわりと大マジにやってて、超能力を研究して遠隔スパイに役立てようぜとか、人工衛星からビーム出して敵のミサイルを迎撃しようぜとか、字面で書くと普通にスペクターみたいなことを互いにやってたんですからすごい時代でした。おかげでこのような国際エスピオナージュの傑作が各方面にぼんぼん生まれてしまい、エンタメ的にはうるおいのあった時代なのでしょうが、当時を生きてきたものとしては、いつか全面核戦争になっちゃうー。のすとらだむすのすとらだむす。とヒヤヒヤしていたのもまた事実です。痛し痒し。

 

 

この作品もその例にもれず、ドン・シーゲルの締まった演出とブロンソンの渋い存在感、そしてピーター・ハイアムズスターリング・シリファントという70年代汁あふれる才人によるスリリングな脚本で、小品ながら面白い傑作になっております。とくに要職を追われて腹いせにテロに走る小物将校、という役どころを水を得た魚のように演じるドナルド・プレザンスが秀逸。変装のため金髪のカツラと眼鏡を着用したところ縦横比の狂ったエルトン・ジョンみたいになってしまうという珍場面もご披露。こいつがターゲットに次から次へと電話をかけるのですが、遠くから電話してデンと待っていればいいものを、必ず近くから電話して一部始終を確認しないと気がすまないというセコさで、これが並の役者なら「なんだよ~この脚本」となるところを、まあドナルド・プレザンスだからなあ、と思わせてしまう説得力。さすがです。

 

 

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ヅラトン・ジョン(演:ドナルド・プレザンス

 

 

女スパイを演じたリー・レミックのスパイにあるまじき明るさもまた良く、そのマザービスケットのCMみたいな陽性のキャラはときどきこいつホントにソ連のスパイなん?と思わせるところがアレですが、まあそういうのはもういいじゃないですか。この人が辛気臭くなりがちなドラマにハリとうるおいを与えております。ついでに言うとCIAのコンピューター係のメガネっ娘(タイン・デイリー)も独特の存在感でよろしい。この人『ダーティハリー3』でイーストウッドの相棒の女刑事やった人なんですねえ。

 

 

しかしリー・レミックといいタイン・デイリーといい、ともに印象的な役柄ながら、徹底してブロンソンを始めとする劇中のオジサンたちの添え物みたいな描かれ方で、リー・レミックはなにかというと思わせぶりにブロンソンに色目を使い、タイン・デイリーの方は仕事で大当たりを出したあと感激した上司にチューをされて「やったー」なんてウキウキしてますから、2021年のこんにちからみると、うわっ、大丈夫か。セクハラじゃないのか。こんなオジサンに都合の良い女性の描かれ方は炎上しちゃうー。と冷汗の垂れるシーンが続き、劇中朴念仁を通していたブロンソンも結末に至っては事件が解決して気がゆるんだのかウキウキしながらリー・レミックをラブホに誘う、という頬のたるみ切った結末で、ああ、これはオジサンが作ったオジサンのためのファンタジーなのだなあ。と変なところで時代を感じるのでした。あれから44年、映画も世界もすっかり変わりましたよ。