カジノロワイヤルの手帖

banの映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

ありそうでなかった組み合わせ『続・激突!/カージャック』(1974)

続・激突!/カージャック [Blu-ray]

こういう邦題がついちゃうほど『激突!』のインパクトは大きかったんでしょうか

 

 

監督:スティーブン・スピルバーグ。主演:ゴールディ・ホーンウィリアム・アザートン。ケチな盗みで仲良く懲役を食らった夫婦一組。妻のルー・ジーン(ゴールディ・ホーン)は一足先に出所したものの、愛する息子(二歳)はおつとめ中に里子に出されてしまいます。息子を取り戻したい一心でルー・ジーンは服役中の夫クロヴィス(ウィリアム・アザートン)をそそのかし脱獄させますが、警官に発見され車を奪って逃走。カーチェイスのあげく車は大破し追い詰められます。しかしルー・ジーンの機転で銃を奪って形勢逆転、生真面目な警官スライド(マイケル・サックス)を人質にとり、息子のいるシュガーランドを目指しての逃避行が始まるのでした。

 

 

なんか似たような映画こないだも観たな。しかしあちらは虚無的かつ詩的なのにたいして、こちらは陽性のコメディ風味人情派です。逃げる夫婦ですが人は殺さない基本方針、ルー・ジーンのあけっぴろげで陽気な性格、そして子供を取り戻したいという浪花節的動機にほだされて、追跡する警部もなるべくなら二人を殺したくはなく、人質にとられた巡査も根が善良であるがゆえにストックホルム症候群を発動、次第に夫婦の気持ちに寄り添っていくのでした。またマスコミが面白半分で事件の顛末を中継するもんですから彼らの道行きには人情話に感動した群衆がワンサカつめかけてお祭り騒ぎとなり、逃走車のうしろにパトカーと野次馬の車が鈴なりになったままハイウェイを爆走する、というように話がどんどん収拾つかない騒ぎにエスカレートしていくあたりがコメディとして可笑しい。しかしそこはそれ、アメリカン・ニューシネマ全盛期の映画ですから最後は三方丸く収まってみなニッコリ、みたいな松竹系寅さん風味の結末に至るわけもなく、あくまで虚無的なのがその時代の雰囲気ですね。

 

 

 

 

監督はあのスピルバーグ劇場用映画としては初の監督作ですがこの映画からのちの業績を想像するのはちょっと難しいかもしれない。むしろTVムービーとして作られた前作『激突!』のほうが作家性を存分に発揮しております。しかしアメリカン・ニューシネマとスピルバーグというのはありそうでなかった組み合わせ。このあとすぐスピルバーグはあの『ジョーズ』を撮り始めてブロックバスター・ムービー誕生の端緒をにない、アメリカン・ニューシネマ終焉のラッパを吹いたのですから、ありそうでなかったというのもまあうなずけます。なお日本で『激突!』が大変高い評価を受けたので本作は”The Sugerland Express”という原題にもかかわらずこのようなぞんざいな邦題にされてしまいました。今じゃまず考えられませんがスピルバーグはまだジョーズもE.Tも撮っていないペーペーの新人でしたからこれもまあ仕方なかったのかもしれません。

 

 

なんと言ってもこの映画のポイントはルー・ジーンを演じたゴールディ・ホーンですね。無鉄砲・無分別・無邪気という三無いキャラを陽性のチャーミングな人物として演じるとしたらもうこの人しかいない。人質の警官が、追手である警部が、そして事件を知った野次馬がみんなこの人に魅了されていくのも、普通はえーちょっとそれはないでしょ、となるところを、まあゴールディ・ホーンだったらしょうがない、と思わせてしまうくらいの説得力。

 

 

旦那のクロヴィスの方はこのぐいぐい来る奥さんに押されて終始尻に敷かれ気味、それでも妻を愛している元チンピラ。という立ち位置の難しい役どころですがウィリアム・アザートンがこれを好演。この人『ダイ・ハード』シリーズの嫌味なレポーターの人ですね。若いころこういう役やってたのか。

 

 

二人を追う警部にベン・ジョンソン。陸上選手じゃないよ。この人も厳しさのうちに思いやりを持つ好人物を人情味豊かに演じております。ちょっと甘々な人物なのかなー、と思いきや、途中自警団を気取って夫婦を射殺しようとした一般市民をとっ捕まえて怒りを爆発させたりします。このシーンはこの映画の中では珍しく本気の怒りが感じられるシーンで、ちょっと異物感がありますが、スピルバーグはこういう正義の皮をかぶった悪意ある暴力を本気で嫌っているのだな、というのはたいへんよく解ります。

 

 

人質にされる善良な警官役のマイケル・サックスも好演。最初に出てきたときは殺されるモブかな?と思うほどの華のない見た目ですが、夫婦に対して打ち解けていくにつれ、次第に善良さと正直さが頼もしくみえてきます。地味にうまい。この人『スローターハウス5』の主人公だったひとか。意外なところでお目にかかりました。このあとしばらくして引退してしまったのが惜しい。

 

 

 

 

ラスト、すべてが終わってこの警官が呆然と河原に佇むシーン。夕日に川面がきらめくなか、肩を落とした警官のシルエットが結末のほろ苦さを象徴しております。こみあげる虚しさと寂しさに、静かに流れてくるエンドタイトルとジョン・ウィリアムスの音楽。噛むほどに味がでる、詩情あふれる名シーンです。ここでしみじみするためにこの映画はあったと言っても過言ではない。いや過言かな?しかしスピルバーグがこのシーンにいろいろな感情を込めている事はよくわかります。この苦味と虚しさがアメリカン・ニューシネマの真骨頂です。

 

 

スローターハウス5 [Blu-ray]

スローターハウス5 [Blu-ray]

  • マイケル・サックス
Amazon