監督:岡本喜八、脚本:倉本聰、主演:仲代達矢、勝野洋。突如世界中にUFOの編隊が出現するようになり、その光を浴びたものはなぜか血が青くなってしまうのでした。権力者たちは青い血の人間たちをなぜか排斥しようとします。血の青い子が産まれれば母子ともに秘密裏に処分。血の青い者は人知れず暗殺。果ては強制的に血液検査を行い引っかかった者は強制収容所に送り込んでしまいます。しかし意図的にその処置から漏れている人々もいました。彼らはなぜ泳がされているのか?政府の目的は?
エヴァの元ネタの一つとしてもつとに有名
『スター・ウォーズ』の公開前後に巻き起こったSFブームに乗っかって「特撮を使わないSF」という触れ込みで公開された映画ですが、中身はSFというよりも謀略うずまくポリティカル・サスペンスの趣でした。一体なぜ血が青くなってしまうのか?血が青くなった人は心が穏やかになり平和を好むようになる、と劇中語られますが、それをなぜ政府筋が排除しようとするのか?そのあたりの説明はまったくなく、その分粛々と人間の選別を行う政府の冷酷さ、不気味さが際立ちます。
一部の血の青い人が意図的に泳がされているのは、その人達がテロを企てていたという建付けで、一斉に当局の摘発(という名の処刑)の対象にし、「青い血の人=危険」というイメージを世論に形成するためでした。それをみんながウキウキしているクリスマスの夜にやるというこの意地の悪さ。誰だこんな暗い話を書いたのは!と思ったら倉本聰でした。聰が。
いちばんわからないのがなぜあの倉本聰が突然UFOの話を?というところですが何があったんでしょうかね。特撮を使わないSFというだけあって、UFO描写はただのオレンジ色の光だけだったりしますが、もともとUFOも青い血も寓意なのでそのへんは実はどうでもいいのです。本筋は人類の持つ異者排除の性質とそれへの絶望なので、血の青い人が不条理に迫害されるというこの映画はもうひたすらに暗い。仲代達矢の眼光や勝野洋の顔のテカリや竹下景子のまばゆい可愛らしさをもってしてもこの映画は暗いのです。
劇中放送されているテレビ番組のなかにナチのユダヤ人迫害とアウシュビッツの映像があって、この映画の政府の所業をそれになぞらえているのは明らかですが、この映画から50年近くという長い年月が経った今現在、この映画は見事に今の状況を言い当てている気もします。情報と印象の操作による世論形成、それによる差別や異者排除の正当化。権力者による暴力や虐殺を止めるすべが無いという無力感。そういう意味でいま見られるべき映画だと思います。
…いや、この映画が未来を予見していたというよりは、50年、また前の大戦から80年経ってテクノロジーや情報流通は飛躍的に進歩したのに、人類の本然は何ら進歩していないということかも知れません。50年で世の中はずいぶん変わりました。この映画ではコンピューターなど殆ど出てきませんし、電話は固定電話。記事やレポートは手書き。人々はタバコを所構わずスパスパ吸ってますし、町中はゴミだらけ。50年前に比べてずいぶん生活は変わりましたが、この映画をみて「昔は雑だなあ」と嗤うことは出来ても「昔の人は愚かだなあハハハ」と斬り捨てることが出来ない、ということに気づいてさらに暗い気持ちになるのでした。
登場人物の多い映画で、岡本喜八は往年の『日本のいちばん長い日』を思わせるタッチで冷酷に話を捌いていきます。岡本組の俳優もあちこちに出演してますが、やっぱり黒幕として出てくる岸田森と天本英世のコンビがねえ。この二人が並んで出てくるだけであっなんか陰謀の匂いがする!と思わせる絶妙のキャスティング。あとは繰り返しますがこの映画の竹下景子がそれはそれは玉のように可愛く、この暗い暗い映画の中の唯一の輝きでした。


