カジノロワイヤルの手帖

banの映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

エクストリーム暴力『0課の女 赤い手錠』(1974)

監督:野田幸男。主演:杉本美樹。女刑事の零(杉本美樹)はSMで女を責め殺した外交官を挙げるため、自ら囮になって追い詰めますが、肝心のホシを得意技の赤い手錠投げで捕らえたあと下腹に銃弾をぶち込んで殺してしまいます。外交問題を避けたかった上層部はカンカンですが事が事なのでうっかり免職するわけにも行かず、零を留置所に閉じ込めておくのでした。

 

 

いっぽう出所したばかりのチンピラこと仲原(郷鍈治)は暖かく迎えてくれた仲間たちとさっそく悪さを再開。港で別れ話をしていたカップルを襲撃して男は殺し女をレイプします。女が次期首相候補の南雲(丹波哲郎)の一人娘であると知った一味は身代金誘拐に及び、醜聞で首相の座があやうくなった南雲は警視庁に圧力をかけ秘密裏に解決するよう依頼。口封じのため犯人一味の抹殺を命じます。

 

 

この汚れ仕事を遂行するために留置場で飼い殺しにされていた零に白羽の矢が立つのでした。零は持ち前のクールさと行動力で犯人グループに接触、凄惨な暴力を受けながらも潜入に成功するのですが…。

 

 

0課の女 赤い手錠 [DVD]

手錠と書いて「ワッパ」と読みます

 

 

いやあさすがに色々雑な70年代とはいえこんな荒唐無稽で漫画みたいな…という設定ですが原作がそもそも漫画なのでノープロブレムでした。そんなことは作っている方も百も承知。細かいリアリティは二の次、その上でいかにエクストリームな暴力描写を炸裂させるか、という点に重きが置かれています。飛び散る血糊!白煙を上げる弾着!爆発!火炎!カーチェイス!拷問!どんどん死ぬ人々!ペンキで真っ赤に塗った手錠が釣り糸で飛ぶ!その無茶苦茶な暴力の中から立ち昇ってくる野獣のような生命力がこの映画の身上です。

 

 

0課の女(1)裁きいぬ (リイドカフェコミックス)

篠原とおる先生!

 

 

主人公の零は殴られ蹴られ犯されても表情一つ変えない鉄の女ですが、主演の杉本美樹の華奢な肢体はそんな無茶な暴力にさらされて大丈夫か、おなか痛くならんか。とつい心配になります。杉本本人も演技の硬さがぶっきらぼうな零のキャラクターにマッチしており、野獣のような人間だらけの作中でただ一人のクールな存在感が際立ちます。

 

 

そんな零の周りを固めるのは郷鍈治、三原葉子、室田日出男、丹波哲郎といった希釈前のめんつゆよりも濃い面々。無鉄砲さがたたって実の弟をビール瓶で撲殺したあとは半狂乱になり顔面凶器度を更に高める郷鍈治。上層部の冷酷な命令に顔をテカらせつつも人間性を捨てて任務にあたる室田日出男の二人が激突する中、いいように連れ回されているだけの杉本美樹には若干の焦燥感(という名のイラつき)を覚えますが、そこはそれちゃんとヒロインです。ゲスい人間は皆殺しにして誘拐された女を助け、黒幕の丹波哲郎の政治生命もきっちり絶ってから赤い警察手帳をやぶり捨てるのでした。自分で塗ったのかな。

 

 


テカる室田日出男

 

 

最後に誘拐犯一味が立てこもるのが半廃墟となった米軍キャンプで、夢の島みたいに塵芥が吹きすさぶ中の激闘には社会のゴミ溜めで這いずり回る下層社会から巨悪に向かって喧嘩を売る反骨精神を感じますし、その反面当時幅を利かせていた過激派をヘナチョコに描いていたりするなど、体制にも反対性にも全方位的に銃弾を乱射するその怒り方がいっそすがすがしい。

 

 

令和のこんにちにあっては演技も舞台もアクションも道具立ても何もかも泥臭い映画で、特に女性の扱いに関しては当時としてもだいぶアウトなので観ていてキツい箇所もありますが、映画全体からにじみでる粗暴な雰囲気、無茶苦茶な生命力はもう再現しようと思ってもムリじゃないでしょうか。日本もこのころまではハングリーでした。その社会の断面がこういう映画にこそあらわれるものでしょう。おまえら今はうわべこそ小綺麗になりやがったが昔はこうだったんだぜ、と都合よく昔を忘れることを許してくれない映画でした。おわり。