カジノロワイヤルの手帖

banのスットコドッコイ映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

オジサンによるオジサンのための映画『テレフォン』(1977)

テレフォン [レンタル落ち]

ヤッツケ感あふるるジャケット

 

 

監督:ドン・シーゲル。主演:チャールズ・ブロンソンリー・レミックドナルド・プレザンス。いまだ米ソが元気に冷戦していた頃、しかしなんとなく雪解けの気配も見えてきた頃の話。母国の権力闘争に敗れてアメリカに落ち延びたソ連の将校ダルチムスキー(ドナルド・プレザンス)。彼が手持ちのメモを元にとあるアメリカのおっちゃんに電話をかけ「森は深く美しい。だが…」とフロストの詩の一節を読み上げると、なんということでしょう。さっきまで元気に仕事をしていたおっちゃんが突然魂を抜かれたようになり、車に爆弾を積み込んで米軍基地に突入、そのまま建物に激突して爆発炎上するではありませんか。

 

 

同様の不可解なテロが相次ぎ、アメリカ側は調査に乗り出す一方、ソ連側は「あいつ、やらかしおったな…」と苦い顔です。というのも昔ソ連の高級将校が書記長さまに無断で仕込んでおいたテロ作戦「テレフォン」を、逐電したダルチムスキーが勝手に起動させたからなのでした。その手口がまた凝っているというか気が長いと言うか、ソ連からアメリカに送り込んだ留学生にこっそり催眠術をかけておき「草」としてアメリカ社会に溶け込ませ、後日キーになる言葉を電話で聞かせることによって催眠が発動。一介のアメリカ市民からテロリストに化した「草」は爆弾を抱いてぽんぽん基地に突っ込んでいくという、なんだろう、手が込んでいるというかまだるっこしいというか、とにかく気の長い時代でした。

 

 

その草がなんと50人から居るといいますから、このまま放っておくとアメリカ政府もさすがに事のからくりに気づき、デタントもどこへやら、せっかくの雪解けムードもたちまち氷河期に逆戻りしてうっかりすると核の投げつけ合いになりかねない。なんとかせねば。といっても書記長さまにはナイショだからできればこっそり処理したい。というわけで白羽の矢が立ったのがボルゾフ少佐(チャールズ・ブロンソン)です。見た目はどう見ても汗とホコリとマンダムの臭いしかしないブロンソンですが、実は有能なソ連の将校であり、しかも写真記憶というチート能力も完備。渡された「草」リストもテスト前の受験生のように読み込むだけで暗記可能という浪人垂涎の異能っぷりです。しかしこの映画のソ連の将校、全員が全員日常会話も全部英語でこなすという語学の達人っぷりで、旧ソ連にも社内公用語は英語というルールがあったのでしょうか。ないですね。

 

 

ボルゾフはアメリカ人のふりをしてカナダ経由でアメリカに潜入。現地の助手としてやはりソ連の女スパイ(リー・レミック)と合流し夫婦を装ってダルチムスキーを追うのでした。いっぽうCIAもボンクラではなく、コンピューターにめっぽう強いメガネっ娘がデータ解析からことの異常さに気づき、かくてボルゾフ少佐とCIAの捕物競争が始まるのでしたが…。

 

 

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「苦み走る」を絵に書いたような

 

 

なんでしょう、冷戦も遠くなった2021年のこんにちからみると、えらいこと悠長かつトンデモな作戦じゃないか、と思われるかも知れませんが、当時はこれが割とリアリティを持って受け止められ、いやーソ連のことだからこのくらいのことはやるじゃろ、アメリカだってじつは裏で…というような認識が当たりだった時代ですから、東西冷戦というのがいかに異常な状況だったかがしのばれます。007みたいなことをわりと大マジにやってて、超能力を研究して遠隔スパイに役立てようぜとか、人工衛星からビーム出して敵のミサイルを迎撃しようぜとか、字面で書くと普通にスペクターみたいなことを互いにやってたんですからすごい時代でした。おかげでこのような国際エスピオナージュの傑作が各方面にぼんぼん生まれてしまい、エンタメ的にはうるおいのあった時代なのでしょうが、当時を生きてきたものとしては、いつか全面核戦争になっちゃうー。のすとらだむすのすとらだむす。とヒヤヒヤしていたのもまた事実です。痛し痒し。

 

 

この作品もその例にもれず、ドン・シーゲルの締まった演出とブロンソンの渋い存在感、そしてピーター・ハイアムズスターリング・シリファントという70年代汁あふれる才人によるスリリングな脚本で、小品ながら面白い傑作になっております。とくに要職を追われて腹いせにテロに走る小物将校、という役どころを水を得た魚のように演じるドナルド・プレザンスが秀逸。変装のため金髪のカツラと眼鏡を着用したところ縦横比の狂ったエルトン・ジョンみたいになってしまうという珍場面もご披露。こいつがターゲットに次から次へと電話をかけるのですが、遠くから電話してデンと待っていればいいものを、必ず近くから電話して一部始終を確認しないと気がすまないというセコさで、これが並の役者なら「なんだよ~この脚本」となるところを、まあドナルド・プレザンスだからなあ、と思わせてしまう説得力。さすがです。

 

 

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ヅラトン・ジョン(演:ドナルド・プレザンス

 

 

女スパイを演じたリー・レミックのスパイにあるまじき明るさもまた良く、そのマザービスケットのCMみたいな陽性のキャラはときどきこいつホントにソ連のスパイなん?と思わせるところがアレですが、まあそういうのはもういいじゃないですか。この人が辛気臭くなりがちなドラマにハリとうるおいを与えております。ついでに言うとCIAのコンピューター係のメガネっ娘(タイン・デイリー)も独特の存在感でよろしい。この人『ダーティハリー3』でイーストウッドの相棒の女刑事やった人なんですねえ。

 

 

しかしリー・レミックといいタイン・デイリーといい、ともに印象的な役柄ながら、徹底してブロンソンを始めとする劇中のオジサンたちの添え物みたいな描かれ方で、リー・レミックはなにかというと思わせぶりにブロンソンに色目を使い、タイン・デイリーの方は仕事で大当たりを出したあと感激した上司にチューをされて「やったー」なんてウキウキしてますから、2021年のこんにちからみると、うわっ、大丈夫か。セクハラじゃないのか。こんなオジサンに都合の良い女性の描かれ方は炎上しちゃうー。と冷汗の垂れるシーンが続き、劇中朴念仁を通していたブロンソンも結末に至っては事件が解決して気がゆるんだのかウキウキしながらリー・レミックをラブホに誘う、という頬のたるみ切った結末で、ああ、これはオジサンが作ったオジサンのためのファンタジーなのだなあ。と変なところで時代を感じるのでした。あれから44年、映画も世界もすっかり変わりましたよ。

 

 

 

シシー・スペイセクという依代『地獄の逃避行』(1973)

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ぞんざいな邦題はTV放送のときにつけられました

 

 

監督:テレンス・マリック。主演:マーティン・シーンシシー・スペイセク。1950年代のアメリカの田舎町。清掃員をやりながらくすぶっていた青年キット(マーティン・シーン)は、ある日庭先でバトンの練習をしていた少女ホリー(シシー・スペイセク)に声をかけてなんとなく仲良くなります。特に激しい感情もドラマティックな展開もなく、なんとなく恋仲になる二人。しかし体の関係が出来たあたりでホリーの父ちゃんは激怒です。「もう娘に会うな!」と言われても会いたさがつのるキット君。なんとなく駆け落ちしようかなとホリーの家に忍び込んで勝手に荷造りしているところを父親に見つかり、なりゆきでこれを射殺。なんとなく家を焼きホリーを連れて逐電します。そして行く先でだらだら殺人を重ねつつ二人旅を続けるのでしたが…。

 

 

実は。私は幼少のころからシシー・スペイセクという人が怖いのです。父の「スクリーン」誌に載っていた、頭からおびただしい血を浴びて驚愕の表情をしている写真。当時小学生にもなっていなかった私はビビリました。なんて怖い写真だろう!というかなんて怖い顔の人だろう!怖いと言っても、オラついてるとか凶暴そうというのでは決してない、気弱さの中に不吉さをはらんだ禍々しい顔。いまネットでその写真を探してみましたが…ありました。この写真だとかぶった血の跡と驚愕の表情のためにちょっと顔がドクロっぽくなっちゃってるのがまた…。それに頭から血を浴びるという幼稚園児の理解をはるかに超えた目に遭わされている、という二重のインパクトで当時の私は震え上がったのです。まったく!映画というものは!何てヒドいことをしでかすのか!

 

 

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問題の写真(ひいいいい)

 

その映画が『キャリー』で、写真の人はシシー・スペイセクという女優である、という知識はあとからついてきました。小学生になり、夏休みに月曜ロードショーで放映されたものをこわごわ観たところ、こっちはさらに怖かった。血を浴びて怒り心頭となったシシー・スペイセクの恐ろしさよ!肝が座ってこれから殺戮を起こそうとしている氷のような表情。その後母親と泣き崩れているときの、哀れさが極まって不吉の域にまで達してしまった顔。そして最後のあのシーン!これは怖いぃ怖すぎるぅぅ!というわけで以後シシー・スペイセクは私の「こわい箱」のド真ん中を占める恐怖の女王になってしまったのです。

 

 

その後、大人になってから改めて『キャリー』を観返しましたが、成長して恐ろしさには耐性ができた分、今度は虐められたり家庭環境がひどかったりと不幸なシーンがあまりに哀れで、いっぽうプロムのシーンでは別人のように美しく輝いていたりと、その極端な振れ幅にシシー・スペイセクという女優の凄さを知ったのでした。キャリーという人物を身体におろして実体化する、依代としての女優。

 

 

いや『キャリー』の話が長くなりましたが、それを踏まえた上での『地獄の逃避行』です。ここでのシシー・スペイセクシリアルキラーに連れ回される娘っ子の役どころですが、ギリギリ自分が手を下していないだけで、実態は共犯に限りなく近い存在と言えます。自分に依存しているキットが一緒に旅を続けるために殺人を犯しているのは明白ですが、その自覚がないままなんとなく付き従って結果的に彼を殺人に走らせている、というかなり厄介な共犯関係です。ホリーは設定上は15歳なのですが、演じるシシー・スペイセクは当時20代前半。なのに画面上ではどうしても15歳にしか見えない。痩せて未成熟な体つきに、化粧っ気のないそばかすだらけの顔。とくに何か深く考えてはなさそうな表情。流されるまま男についていく子供特有の主体性の無さ。

 

 

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ティーンにしか見えんよなあ…


 

シリアルキラーの犯行を描いた映画ながら、殺人の場面は驚くほど高揚感がなく、争いらしい争いもほとんどありません。特徴的なのが憎しみという感情を表出する人がほとんどいないこと。被害者たちは抵抗らしい抵抗もせず、怒り狂うこともなく「なんか撃たれたみたいなので死にますー」的に仕方なく死んでいきます。キットが逮捕されたあとも警察は罵ったり脅したりせず、むしろキットを連行しながら「幸運を祈る」なんて言ってる。殺す方も殺す方で特段逡巡も良心の呵責もなく、なんか面倒だから撃ちました、くらいのぞんざいさですし、それを傍観しているホリーもなにか他人事のような感じです。この現実感のなさを体現しているのがシシー・スペイセクという依代で、そのあまりに自然な傍観者の佇まいがこの映画の浮遊感を加速しています。

 

 

ここでの彼女は積極的に演技をしているというよりも、求められるままホリーという役柄の素材として自らの身体を提供している印象です。ホリーをみずからの身体に憑依させていると言ってもいい。その自然さは只者ではなく、やはり依代としての能力の大きさを感じます。もはやホリーと同化したシシー・スペイセクは、この映画が持つ浮遊感、無目的さを、ごく自然に体現しています。

 

 

もうひとり、キットを演じたマーティン・シーンの、ちょっと常人の思考からはかけ離れた行動と、殺人に対する頓着のなさ、行動の無目的、無思想を体現した演技がまた映画から現実感を奪っていきます。その浮遊感が美しい森や荒野の風景と共にに描き出され、シリアルキラーの物語なのに何かおとぎ話をみているような寓話性を感じさせるのです。

 

 

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ちょっと疲れてきました

 

 

そんなキットとの旅が煮詰まってきて、だんだんと「あたし何やってるんだろう」と自分の置かれている状況に疑問を呈し始めるホリー。そのとき彼女の顔には15歳の少女ではなく倦み疲れた女の表情が浮かびますが、この疲れのにじませ方には、依代としてではなく女優としての方のテクニカルな凄みを感じます。ただ怖い顔の人ではなかった。すごい依代であり、すごい女優なのだ、と私は感動に包まれるのでした。でもやっぱり怖いけど。

 

 

 

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だだ漏れる執念『JUNK HEAD』(2021)

 

 

監督(およびその他ほとんどの工程):堀貴秀。人類は遺伝子操作によって永遠の生命を得た代わりに、生殖能力を失ってしまいました。一方地下深くでは人工生命体マリガンが繁殖し、独自の生態系を形成していたのです。人類は事態の打開にマリガンの遺伝子情報が必要と目をつけ、一般人から探検要員を募って地下に送り込んでいます。それに志願したのが主人公。ポッドに搭乗して穴に投下されますが、マリガンたちから攻撃を受けた彼は爆破され頭がもげてしまいました。それを拾ったマリガンの博士はその頭に機械の体を与えます。使命を思い出した主人公はミッションを完遂すべく、奇怪な生命体がうごめく地下世界に潜っていくのですが…。

 

 

というダークでグロテスクなお話を、100分のストップモーションアニメで描く作品です。古今ストップモーションアニメの名作はいろいろありますが、長編となるとグッと本数が減るのはやはり尋常でない制作の手間ゆえでしょう。近年はコンピューター制御の技術向上により相当効率化されているはずですが、それでも1秒の映像を撮るのにモデルを動かしながら24枚のコマ撮りを必要としますからやはり気が遠くなるものがあります。それを100分作るとなると、100分×60秒×24フレーム、つまり144,000枚の撮影が必要なわけで、さらにカットを割りつつ、動きも計算しつつ、ときにNGも出しつつ、となるとそれはもう膨大な手間としか言いようがなく、根気がいくらあっても足りる気がしません。並の根性なら一日でギブ。

 

 

とはいえコマ撮り専門の制作スタジオもあるくらいですし、蓄積されたノウハウの上でなら、今やそれほどの困難事ではないのかもしれません。ただし、経験を積んだプロの集団が、十分な技術と設備と資金と時間を得た上で、の話ですが…。

 

 

それを、経験のなかった一個人が、ほとんど一人だけで作ってしまった(!)という、まさに、まことに、掛け値なしに、正真正銘の、トンデモナイ映画がこの『JUNK HEAD』です。 144,000枚の撮影を仮に1日24枚こなしたとして、単純に6000日かかる。ちょっと考えただけでも脳のシワから煙が立ち上る物量です。実際は撮影に7年かけたそうですから、もう、なんというか、生活の大半をこれにつぎ込んだであろうことは想像に難くなく、どうやって制作意欲を長期間保てたのかとか資金どうやったんだろうかとか支援してくれる人はいたんだろうかとかちゃんとご飯食べれてたんだろうかとか、いろんな懸念や心配が脳裏に満ち溢れてきて最後にはなんかもう単純に尊い…有り難い…と行者を拝むインドの民のようにひれ伏してしまう。さらにキャラクターデザイン、脚本、絵コンテ、ミニチュアやセットの制作はおろか、音効、声優、音楽まで自分でやってますから、おそるべきDIY精神。自主制作の極北です(※とはいえさすがに一部は経験のあるアニメーターが協力している模様。あと音楽と声も)。

 

 

細やかな動作、セットの緻密さを見よ!

 

 

というだけでも十分どうかしているのですが、それを驚くべきハイクオリティでやってしまったのがこの映画の凄まじいところで、ダークでグロテスクなキャラクターたちは生き生きと動いて思いがけないほど可愛げがありますし、脱力のギャグシーンもあれば少年ジャンプもかくやの熱いアクションもありとエンターテイメント性もバッチリ。一方で神秘と虚無を感じさせる背景美術や、ふしぶしに深い闇を感じさせるディティール(時々出現する主人公の素顔の生々しさと、それがまとう深い虚無感を見よ!)も充実しており、人類存続の鍵をもとめて深淵に飛び込んでいくという神話性のあるストーリーもあって、アートフィルムのような前衛性も持ち合わせています。

 

 

一人でよくぞここまでやった、というよりは、一人だからこそ思う存分自分の思い通りにこだわって作ることができた、と言ったほうがいいかもしれません。7年間、一個人が己のヴィジョンに忠実に没頭した結果がこの凝縮された100分であって、もしこれが分業で作られていたら、世界観がブレたり、制作費がかさんだり、仲間の離脱で制作が頓挫したり、というような結果になっていたかもしれない。そういう意味では一人で作られるべくして作られた映画ということもできます。が、それがどれだけ困難なことか。そう思うと執念が全カットからにじみ出ているように思えてなりません。

 

 


だだ漏れる執念

 

 

その映画を支えているのは、ただ完成させるために前に進む不屈の意志で、それだけですでに称賛に値しますが、さらに映画自体のクオリティが水準を遥かに超えるもので、そのすべてをひっくるめて、これぞまさしく才能、と呼ぶほかはない。

 

 

惜しむらくは、構想が長大なため今作だけですべてを描き切れていないことで、これは続編が制作されるべきことを意味します。というかこの上まだ作る気なのか!どうかしてる!もうこの作者が恐るべき才能と情熱の持ち主であることは疑いようがないので、心ある投資家の皆様におかれましては、どうか資金を出して制作を助けてあげて欲しい。理想的なのは金は出すけど口は出さないタイプの投資家。脇からいらん口をはさむとそれだけで制作が止まりそうな孤高の作家性だけに、長い目で見守ってあげてほしい。そこのアラブの石油王の皆さんどうですか!あと、クラウドファウンディングがあるなら自分も微力ながら協力したい所存です。

 

 

gaga.ne.jp

 

恐怖の虚無型地雷『フォックスキャッチャー』(2014)

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監督:ベネット・ミラー。出演:スティーヴ・カレルチャニング・テイタムマーク・ラファロ。ロス五輪で金メダルを獲得したレスリングの選手、マーク・シュルツ(チャニング・テイタム)は、同じく金メダリストである兄のデイヴ(マーク・ラファロ)と共に五輪連覇を目指していましたが、経済的な後ろ盾が無いため苦難の日々を送っていました。しかし突然デュポン社の御曹司であるジョン・デュポンから支援の申し出を受けます。自身もレスリングのファンであるデュポンは高額の年俸と最新の設備でマークを迎え入れ、自らコーチとなって二人三脚でソウルオリンピックでの優勝を狙うのでした。

 

 

世界選手権ではめでたく優勝を掴んだものの、デュポンのコーチングは傍目にも分かる素人芸で、しかもマークにコカインなんか教えてしまうというデタラメさ。マークとデュポンの関係は蜜月を迎えますが、蜜月すぎて薬と酒の量も増え練習にも身が入りません。

 

 

所詮は金持ちの道楽芸なのでデュポンがそのへんをコントロールできるわけもないのですが、そこをわきまえないのが下手に権力のあるドラ息子の常。練習前にヘラヘラくつろいでいたマークの頬を突然張り飛ばし、この役立たずめ!と突然の面罵。おまえなんかより兄を呼べば良かった!とそれまでの入れ込みようが嘘のような豹変。その後金と権力をフルに使って本当に兄ちゃんのデイヴを召喚してしまいますからマークの立場ったらありません。信頼していた相手に受けたこの仕打ちにガラガラと調子が崩れ始めます。

 

 

デイヴの方は長らくマークの父代わりとして、またコーチとして務めてきただけあって、人格者です。能力のないくせに口ばかり出したがるデュポンをいなしつつ、精神的に不安定になったマークを支え、どうにか彼をソウルオリンピックに出場させるのですが…。

 

 

この後、3人の関係は崩壊に向かい、ある事件をもってカタストロフィを迎えます。この作品はその事件を含めた実話の映画化で、登場人物もみな実名ですから驚きです。デュポン社といえばアメリカの三大財閥のひとつ。金も権力も絶大でしょうに、このような全く遠慮のない映画が作られてしまう。いやーアメリカ凄いな。骨太だ。

 

 

 

 

 

で、この映画なんですけど、それはそれは怖かったですね。けだし怖い状況と言っても様々です。ある日森の中熊さんに出会った。排便中に震度6地震がきた。追突した車の中から白いジャージ男の集団が出てきた。なぜか上司が自分の貯金額を知っていた。などと色々ありますが、今回そこに追加したいのが「何を考えているか全くわからない権力者」です。

 

 

この映画のデュポンは終始表情のない、虚無としか言いようのない顔をしており、およそ人間らしい情愛を全く感じさせません。それでいて、マークに対し篤志家として、コーチとして、友人として、時には父代わりとして接してくるのですが、表情が無いだけに何を考えているか全くわからない。それならまだしも突然機嫌を悪くして激昂する、持っている銃を突然ぶっ放す、といった悪質な地雷のような爆発をします。しかも止める者がいないので、腑に落ちなくても彼の言いなりになる他はない。厄介な虚無型地雷が自分の生殺与奪の権を握っている、というおそろしくタチの悪い状況。なので映画には終始居心地の悪い不穏さが充満しており、それだけに先が気になり食い入るように観てしまうのでした。

 

 

このドラ息子も母には頭が上がらないのですが、母はレスリング自体を毛嫌いしており、軽蔑の態度を隠そうとしません。デュポンの不可解なレスリングへの入れ込みようはこの母への反抗と、また逆に認められたいという承認欲求の現われなのでしょう。

 

 

しかしそこはそれ、小さい頃から大富豪の御曹司として周りに忖度される人生を送ってきた結果、彼自身は財力以外に何の力もない、空疎な人間として育ってしまったと思われます。本人もどうやら深層心理ではそのことに気づいているらしく、マークを囲い込むのもオリンピックでの勝利に固執するのも、すべてその空虚を埋めるための行為であるようです。デュポン自身も50の坂を越してからレスリングを始めますが、シニアの大会で優勝して「やった~」と無邪気に喜んでいても、裏では周りが手を回して勝利を金で買っていたりしますから、一事が万事この調子じゃ人間も歪むよねえ。気の毒と言えなくもないですけど。

 

 

まあ「知らんがな」というのが正直な感想です。しかもこういう空疎な人間がこじらせの果てにタカ派に走り、愛国精神をとくとくと語ったり、戦車買ってマシンガンが付いてないのにブチ切れたりという描写もあり、薄ら寒いものがあります。

 

 

役者は三名とも大変うまく、デュポンを徹底的に空虚に、かつ不穏に演じたスティーヴ・カレル、振り回されて精神的に不安定になる弟を脳筋さと繊細さの両方で演じたチャニング・テイタム、両者に板挟みになりつつも役割を全うしようとする頼れる兄貴のマーク・ラファロ三者三様の演技を堪能できます。なんとデュポンのご母堂としてヴァネッサ・レッドグレーヴが出ておられ、まあだいぶお年を召されてますがお元気そうで良かった。

 

 



 

最初から最後まで続く、何が起こるかわからない不穏さ。張り詰めた緊張感。地雷をいつ踏むかも知れない恐ろしさ。そしてこの映画はついに地雷が大爆発することで終わりを迎えますが、「なぜそんな爆発の仕方をしたのかわからん」というのがこの映画の一番の恐ろしいポイントといえます。いや、よく考えればわからなくもない。ないがしかしそうはせんだろ普通。ホント、何考えてるか分からない奴が金と権力を持ってることほど怖いものはありません。ねえ。

 

  

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実は映画史的に重要かもしれない『ウエストワールド』(1973)

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監督:マイケル・クライトン。出演:ユル・ブリンナーリチャード・ベンジャミン、ジェームズ・ブローリン。なんの流れか先日いきなりNHK-BSで放送されたので思わず録画です。砂漠の真ん中に作られた巨大テーマパーク「デロス」。そこは古代ローマ、中世ヨーロッパ、開拓時代の西部の3エリアに分かれ、一日1000ドルという高額の滞在費ながら、ゲストは精巧なロボットのキャストを相手にありとあらゆる好き放題をやってヨシ!というオトナのワンダーランドなのでした。妻との離婚裁判に疲れた弁護士のピーター(リチャード・ベンジャミン)は、お前ちょっと疲れてるから気晴らししてこようぜーという友人のブレイン(ジェームズ・ブローリン)を伴ってデロス入り。開拓時代の西部を再現した「ウエストワールド」にチェックインし、おっかなびっくり酒場に行ってみると早速ガンマンロボ(ユル・ブリンナー)に絡まれたのでおぼつかない手付きでこれを射殺。夜は夜で娼婦宿にシケこんで店のおねいちゃんロボとハッスルタイム。なんだこれココさいこう~!と離婚の憂鬱もどこへやらです。

 

 

他にも、ガンマンを射殺したら保安官に逮捕されるので留置場を爆破して逃げ出せ!とか、娼婦宿でひょんなことから大乱闘が始まるので思う存分暴れて女の子にモテろ!などといちいち細かいイベントが埋め込んであり客を飽きさせません。しかも相手がロボットなので殴ろうが殺そうが手篭めにしようが問題なし。ロボットの方は熱センサー内蔵で人間に対しては銃を撃てない仕掛けになっており反撃の憂いもありません。ロボは本物の人間とほぼ見分けのつかない精巧さで血まで出しますから各種体験も実に生々しい。このような芸の細かいおもてなしの裏で、何百人ものスタッフが壊れたロボットを回収して修理したり、イベントの発生をリアルタイムで管理したりしておるわけです。

 

 

そのロボットはすべて中央のコンピューターが操作管理しているのですが、しかしなにやら様子がおかしい。なんだか命令に従わないロボットがちらほら出てきておる。これはちょっとマズいんじゃないか。一旦閉めてちゃんとメンテしたほうが…と技術者たちは報告するのですが、すでに予約がパンパンになっているため上層部はこれを却下。ですよね~。その間にも着々とロボットは制御不能となっていき、ついに客が殺されはじめます。いっぽうその頃大乱闘イベントを終えて宿に帰るピーターとブレインの前にまたもユル・ブリンナーのガンマンが立ちはだかり…。

 

 

 

 

まだ『ジュラシック・パーク』などでブイブイゆわす前のマイケル・クライトンが自ら脚本と監督を務めたSF映画です。テーマパーク好きだな!しかしジュラシック・パークのような恐竜大好きよいこ向けのそれとは違い、ロボット相手とはいえ殺人OK暴力OKセックスもお好きなだけ、というまことにアダルティなテーマパークでその殺伐さはさすが70年代。今の世ならプランが立っただけで炎上焼き討ち間違いなしのポリコレ案件ですが、当時はまだ未来とは退廃するもんだと固く信じられていた頃ですし、こんなふうになるのも如何なものか、という風刺が込められていると思いましょう。

 

 

なんといってもこの映画といえばガンマンロボを演じたユル・ブリンナーで、この人を得た時点で作品の成功は半分約束されたといってもよいでしょう。なんといってもあの『荒野の七人』でリーダー格のクリスを演じた人ですから、日本で言うと日光江戸村志村喬ロボが出てきて襲ってくるようなものです。衣装も『荒野の七人』のまんまですから西部劇の好きなアメリカ人的には「おっクリス来た!」とテンションもぶち上がるというものでしょう。「クリス撃ったったw」「おれつええ~w」とか。しょうがねえな。

 

 

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この眼光!

 

 

このユル・ブリンナーが不敵な殺人マシーンと化して主人公を襲ってくるあたりは、のちの『ターミネーター』を始めとするSFアクションへの強い影響を感じさせます。それにユル・ブリンナーの眼光が凄い。照明でそうやってるのかコンタクト入れてるのかわかりませんが、とにかく暴走し始めてからのユル・ブリンナーの眼が異常な光をたたえていて、ちょっとこれはまともに相手したらマズそう、という雰囲気をビンビン放出しています。さらに逃げた主人公を追跡開始するあたりでロボットの主観ショットが挟まれますが、これが粗いモザイク状の映像で、史上はじめてCGIを映画に使った実例とも言われています。このへんもやっぱり『ターミネーター』っぽい。なんだか意外なところで映画史的に重要なんじゃないかこれ。倒した!と思ったロボが何度も襲ってきたりとか、その手の映画の雛形とも言える展開が入っているあたりも見逃せません。

 

 

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もしかしたら映画史上初かもしれないモザイク

 

 

映画は一応文明批判っぽい雰囲気で終わりますが、続編ではなんとあれだけの大惨事をおこしたデロスが再オープン、フューチャーワールドという新アトラクションを目玉に新装開店といいますから、懲りないと言うかなんというか、やっぱり隠蔽したのかな?このあたりはかつての未来も現在も対して変わらない悪徳っぷりで感無量です。続編は『未来世界』という題で日本公開もされてますのでこっちも観たいな。どうですかNHK-BSさん!

 

 

なお、ロボットの異常が次第に広がっていく様子が劇中ではウイルスの感染に例えられており、なんとなく今の現実世界を想起させるシーンがあったりしますね。こないだの『クリスタル殺人事件』といい、さらにこれも先日放送してた『ゾンビ』といい、NHK-BSの編成さんなんかメッセージ込めてきてない?考えすぎですかね?いやむしろいいぞもっとやれって思います。おわり。

 

 

 

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