カジノロワイヤルの手帖

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「虚航船団」筒井康隆

虚航船団 (新潮文庫)
何気なく手に取ってしまったら止まらなくなってしまい、久しぶりに読み返してしまいました。第一章は宇宙をゆく巨大船団の中の、文房具たちが搭乗する船内で、文房具たちがそれぞれに狂っている様をねちねちとした筆致で描きます。登場人物がコンパスとか三角定規とかの文房具という時点でもうかなりおかしいのですが、ねっちりとした神経症の描写と文房具という組み合わせはもはやブラック・ジョークの域に。このへんは筒井康隆お得意の粘っこい心理描写がスパークしてて異常な設定にも関わらず引き込まれます。


第二章はイタチ族の棲む惑星クォールの、古代から現代に至る歴史が連綿と書き連ねられます。もちろん虚構の歴史ですが、これは完全に地球の世界史のパロディで、歴史が現代に近づくにつれあからさまな歴史上の人物のパロディが出て来たりしてまた黒い笑いを誘います。


第三章は文房具たちが司令船の命令によりクォールに接近し、イタチ族殲滅のために殺戮の限りをつくしますが、イタチの反撃も激しく戦いは数十年と長期化。文具船の中で閉じ込められていた狂気が戦闘状況という異常な状況下でどう解放されるのか。イタチの歴史はこれからどうなるのか、と、数多い登場人物のその後を一気呵成に綴りますが、いつのまにかそこに作者本人のぼやきとか「おれこんなの書いてて大丈夫か」のような独白とか近所の選挙カーの連呼とかが混じってきてもうこれは虚構なのか現実なのか、それとも虚構を超えた超虚構なのか、もう訳判りません。判るのはまぎれもない混沌がそこにあるということだけ。個人の神経症というミクロの問題と、惑星の歴史と言うマクロの問題を同時に描いて、最後はそれらを同じ釜の中にたたきこんでぐつぐつのカオスにしてしまったあげく虚構と現実の間まで曖昧にしてしまったという大怪作。しかし傑作。うなされながらも読む価値アリです。