カジノロワイヤルの手帖

banの映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

最近読んだ本のメモ(2024年4月)

最近、読みたい本が手に入りにくくなってる気が…。

 

 

「毒入りチョコレート事件」アントニイ・バークリー創元推理文庫

 

毒入りチョコレート事件 (創元推理文庫)

 

20年ぶりくらい2回目。6人の好事家によって示される事件の6通りの解決。一つ解決が開陳されるごとに、事件のあらたな一面が明らかにされ、次第に隠れた真相が見えてくる…という凝った趣向。100年も前にこういう前衛ミステリが書かれていたというのはなかなか凄く、近年バークリーの他の著作もつぎつぎ訳され読めるようになってるので、これはぜひ他のも…と思って探したら他の代表作「第二の銃声」も「試行錯誤」も品切れでプレミア価格とは…。ぐぬぬう。

 

 

 

 

 

「探偵小説の鬼 横溝正史:謎の骨格にロマンの衣を着せて」(別冊太陽)

 

探偵小説の鬼 横溝正史: 謎の骨格にロマンの衣を着せて (313;313) (別冊太陽)

 

初読。ムック本ですね。横溝正史という稀代の戯作者の人物像と作品を、詳細な年譜と資料、関係者の回想で浮き彫りにする一冊。特に正史の御息女、お孫さんによる回想録が貴重で、正史と乱歩が久しぶりに会って遊び半分で書いた連句の話などとっても微笑ましい。その他初版本の画像や雑誌掲載時の挿絵、往時の貴重な写真など図版も多く読み応えがあります。序文に小林信彦(名著「横溝正史読本」の編者であり、生前の正史に相当量のインタビューを行って貴重な証言を引き出している)を引っ張り出しているあたりも心にくい。横溝ファンのみならず、日本の「探偵小説」が好きな人は必読。

 

 

 

 

F.W.クロフツ「クロイドン初12時30分」(創元推理文庫

 

クロイドン発12時30分【新訳版】 (創元推理文庫)

 

初読。クロフツといえば「樽」、「樽」と言えばクロフツみたいに言われがちですが、もう一つの代表作とされるのがこれ。ミステリ界では倒叙三大傑作の一角とされています。倒叙といえばコロンボとか古畑任三郎ですが、一口に倒叙といっても「犯人と探偵の頭脳戦」「犯人はどこでミスをしたのか?という興味」「犯罪者の心理」というようにいろいろなアプローチの方法があるわけで、そのやりかたに独自性や旨味があると言えましょう。

 

でこの「クロイドン」なのですが、犯人は1920年代の世界恐慌のあおりで会社が倒産の危機にある経営者。金策に走り回るもついに打つ手がなくなり、有能で忠実な社員を路頭に迷わせる瀬戸際に。先の短い老人よりも、篤実で未来ある社員たちの生活を取るべきではないか!ということで遺産狙いの叔父殺しを決意するのですが、このあたりの犯人の社会的な追い詰められ方はなかなか世知辛く、読んでてつらいものが。犯人にたいしてつい「がんばれー」と声をかけたくなってしまうあたり、なかなかうまい。

 

そこから実際に犯行に至るまでのサスペンス、叔父が死んでからの捜査状況に一喜一憂するあたりの心理描写、窮地に陥ってさらに犯行を重ねる時のポイント・オブ・ノーリターンを越える心理、といったサスペンス描写が秀逸で、ぐいぐい読まされます。

 

最終的には捜査の手が犯人に伸びるわけですが、それ以後は話が法廷劇に移行したり、最後のフレンチ警部の解明がまた詳細かつ丁寧で、いかにして論理的に犯人に目星をつけ地道な捜査を続けていったのか、というあたりの説明がエレガントで、この部分だけは倒叙でありながら本格のような読み味。という盛りだくさんの贅沢なミステリです。とっても面白かった。個人的には「樽」よりこっちが断然好きですね。

 

 

 

 

カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」(ハヤカワepi文庫)

 

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 

初読。1990年代のイギリス。全寮制の学校で成長してゆく子供たちの青春物語…ですがどことなく現実離れした雰囲気と、どこか普通ではないディティールが積み上げられ、隠された残酷な運命が明らかにされます。

 

青春小説とも、ディストピアSFとも、広義のミステリーとも読める本ですが、残酷な設定ながら登場人物は決して抵抗せず(抵抗しないように教育されている?)、ある種の諦観をもって運命を受け入れ、そのなかで精一杯に生きようとします。その心の動きを静かに丁寧に描き、一読忘れがたい印象を残します。

 

限りある人生を懸命に生きようとするいじらしさ、その枷のなかで他者を愛することの美しさと苦しさ。と同時にそれを強いている作中社会の残酷さ。読みながら、その残酷に読者自身も加担しているのではないか、起こっていることは違えど、これを読んでいる自分もどこかの誰かの何かを搾取して生きているのではないか、という気さえしてきます。それはこの小説の中の世界がしっかりと現実世界の延長に根ざしているからで、もしかしたらこういう世界もあり得たかも知れない、と思わせる描写の力によるものでしょう。

 

ラストシーンの儚い光景と、その後の主人公がたどるであろう運命を思うと、涙なくしては読めない一冊。そうさせるだけの細かな心理の動きや、登場人物の心情が書き込まれた優れた小説だと思いました。