カジノロワイヤルの手帖

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偏屈をこじらせて『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド [Blu-ray]
監督:ポール・トーマス・アンダーソン。出演:ダニエル・デイ・ルイス。19世紀末〜20世紀初頭のアメリカを舞台に、石油採掘に命をかけた父ちゃんのド根性ストーリー!事故で死んだ戦友(とも)の残した赤ん坊。ええか、ワシが今日から父ちゃんになったるけえのう!かくて親子となった二人はいつしか名コンビとなって石油でひと山あてようと奮戦するのでした…。と書くとまるで浪花節が乱れ飛ぶ笑い涙ありの人情物語みたいですが、実際はそれと真反対。義理をかなぐり捨てまくった父ちゃんが石油のためならなんでもやりまっせとあたり構わず突進する暴走機関車と化し周囲の人間は迷惑千万、という怪作でした。


とにかく主人公の石油野郎を演じたダニエル・デイ・ルイスが凄まじく、『シャイニング』のジャック・ニコルソンもかくやの怪演でこの映画全体を俺色に染め、"I drink your milkshake!"という名言を強烈なインパクトで放ってついにアカデミー主演男優賞を獲得。この男のモーレツさと、その裏に潜んでいる人間性がこの映画のキモで、こいつから石油を取ってしまったら何が残るんやろか。石油以外のことは何を考えてはるのやろか。という興味から観客をグイグイ引っ張ってゆきます。


この父ちゃんはとにかくやなヤツで平気で嘘はつく、金は払わない、圧迫感で無理やり契約など、仁義を前世に忘れてきたような風情ですからとにかくオトモダチになりたくない度がピカイチなのですが、さて石油を離れたとき、特に息子に接するときは意外にも普通の男であり、息子に対する愛情も人並み以上に注いでおられます。息子が事故で聴力を失った時も、父ちゃんはどう接して良いかわからず関係がぎこちなくなるものの、息子を愛していることは痛いほど伝わってきますし、思い余って息子を遠くに追いやってしまったときはそのことを激しく後悔したりします。また、話の途中で腹違いの弟も出てきたりしますが、このどこの馬の骨かもわからない男に親身になってやったりとかして、あれ実はとうちゃんイイヤツ?ジャイアンが劇場版の時だけはイイヤツになる的な?と父ちゃんの二面性がにじみ出てきます。


劇中父ちゃんも告白してますが、この人は人と深く付きあえば付き合うほど人を嫌いになってしまうクセがあるらしい。人と長く一緒にいるとそれだけで憎悪を育ててしまうという厄介なクセです。唯一、肉親だけにはその感情が沸かない傾向にありますが、腹違いの弟が結局偽物だったことがわかるとこれをすぐさま殺し、息子が自分の元から巣立とうとすると実はおまえは孤児だったんだぜザマーミロ!と口を極めて罵倒しこれを勘当します。どうやら愛する人と自分との間に修復不能な距離が開いた瞬間、その愛が憎悪へと一気に逆転なさる模様。これは愛情の裏返し、可愛さ余って憎さ百倍で、難儀な性格ですが、偏屈をこじらせた悲しい性格とも言えます。


ダニエル・デイ・ルイスは、そのような偏屈な男の心理を細やかに演じつつ、一方では偏屈がスパークするあまりギャグすれすれの存在と化し、終盤のボーリング室のドタバタなどは黒い笑いが盛大に炸裂。強烈な印象を残して映画はバッサリと終わります。


映画としては、終始淡々としたタッチで一人の偏屈な男の人生を冷徹に見つめつつも、ところどころ血の通った人間の体温がほのかに感じられ、実りある出来栄えです。また油井の危険な労務はそれを克明に描くだけでサスペンスとなってしまい、一瞬先にはどんな事故が起こってもおかしくない緊張感に溢れててハラハラしますし、逆に油断してるとあっけなく事故が起きてカンタンに人が死にビックリしたりと気が抜けません。二時間半とやや長尺の映画ですが、体感時間はぐっと短いので観客を引き込む力があることは間違いないかと。


おまけ。件のセリフ"I drink your milkshake!"はすっかり名台詞と化しており、このようにアチラではTシャツ化もされていてたいそうステキです。欲しいぞこれ。