カジノロワイヤルの手帖

banの映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

007/カジノ・ロワイヤル

「007/カジノ・ロワイヤル」オリジナル・サウンドトラック
当ブログとは切っても切れない関係にある、とオイラから一方的に位置づけているこの映画、とうとう観てきました。いやあ正直心配だったですよ。やっぱり主演のダニエル・クレイグのルックスが問題で、内心オイラも「どうよこれは…」と思わずにはいられなかった異質さ。いろんなところで指摘されてますが、ダニエル・クレイグは基本的にジェントルなヒーロー顔ではなくて酷薄な殺し屋顔なのです。悪役顔なのですよ。その彼がよりにもよってダンディズムの結晶、つねにスーツとコロンは欠かしませんみたいなジェームズ・ボンドを演じること自体が有り得ないことで、いったいプロデューサーサイドは何を考えて彼をボンドにしたのか。判らん。いやあ判らん。これはもしかしたらジョージ・レーゼンビーの二の舞になるのではないのか…と不吉な事を考えてしまうのも無理からぬことで、しかもタイトルはよりにもよって『カジノ・ロワイヤル』ときた!イアン・フレミングの原作シリーズ第1作にして、これまでまともに映画化されたことのなかったオリジナル小説最後の鬼っ子です。こうした二重三重の心配に25年来のファンであるオイラがどうして冷静でいられましょうか。
しかし!何事もフタを開けるまでは判らないといいます。ここはやはり自分の眼で確かめた上で、親指をアップするかダウンするか決めたい。というかそれはファンたるものの義務であろう。あろーう!と腹をくくって劇場に赴いたわけでございます。えーここまででオイラの複雑な心境はおわかり頂けたでしょうか。では感想。




結果から言いますと…いい!こりゃいいぞ!シリーズ中でも屈指のハードボイルドさ。ダニエル・クレイグジェームズ・ボンドもかつてない新しい魅力に溢れてます。かつてこんなマッチョなボンドがいたでしょうか。いません。足、速っ!そして青い眼の刺すような眼差し。生え際の心もとなさをカバーするシャープな短髪。前半はバハマが舞台のせいか、背広を着てダンディに決めるシーンがほとんどなく、スラックスに胸をはだけたシャツでグラサンかけて歩く姿は昨今流行のちょいワルオヤジの趣き。これがのっけから眼の覚めるような激しいアクションをかましてくれます。このアクションが凄い。身軽を通り越してほとんど曲芸の域です。


後半はうって変わってカジノでのポーカー心理戦。ここではスーツをビシっと着こなすクレイグ=ボンドですが、これもカッコいい。なお原作ファンには有名なあの椅子に座っての拷問シーンもちゃんと入ってます。このシーンは過去のノリでの映画化なら絶対に変更されてたところですが、まんま原作通り。このかつてないハードボイルドさが、シリーズを観慣れた者からするとかえって新鮮です。


映画が始まっても例のテーマ曲と例の瞳孔シーンがないのでアレ?と思いますが、そう来たか!と膝をポンと打つ感じでちゃんと入っているのでご安心を。タイトルバックはトランプがモチーフとなっており、雰囲気が67年版『007/カジノ・ロワイヤル』へのオマージュっぽい感じで「判ってるな、お前ら!」とついニヤッとしてしまいますが、これもまたえらいことカッコいい。主題歌はこれまでのネットリ歌い上げ路線から一変してハードなシャウト系。タイトルも"You Know My Name"と挑戦的です。


…というわけで観終わってすっかり得心がいったのですが、やはり作り手はシリーズを完全にリセットしたのでしょうね。紳士然としたダンディなスパイとしてのボンドではなく、酷薄なエージェントとしてのボンド。マンガチックなガジェットを使わない(今回QもRも出てきません)、己の肉体と頭脳と銃を武器とするボンド。となると、ボンド役もこれまでの既成概念から外したものにしていこう、ということで、ダニエル・クレイグの起用は納得がいきます。ついでにいうと、タイトルバックにはお約束の女体が出てきませんし、主題歌もこれまでになかったヘヴィなノリ。あと重要なのは時代背景の設定で、漠然とした「冷戦終結後の世界」ではなく、9.11以後のテロリズムの脅威にさらされている世界、ということが劇中明言されています。


過去の20作品は、冷戦下の世界で、東側と西側の対立を軸に話が展開されていましたが、冷戦終結後(主にピアース・ブロスナンの主演作においては特に)「冷戦の無くなった世界で、ボンドのようなスパイの存在価値なんてもう無いんじゃないのか」という疑念をなんとなくごまかしながら(時に茶化しながら)シリーズが続けられていた気配があります。そういう状況にピリオドを打って、現在いまの世界情勢にアップデートされた007を、という思惑が作り手にはあったんじゃないでしょうか。


過去の作品を振り返っても、人気が出る→設定や小道具がエスカレート→マンガっぽさ爆発→反省→原点に帰ろう→リセット、というサイクルを何度も繰り返してますが、ここまで徹底したリセットはかつてありません。次回作次第ですが、この作品は007史における最大のターニング・ポイントになるような気がします。


蛇足。007はMI6のコードネームですが、ジェームズ・ボンドという名前も実は007という番号についてくるコードネームの一部じゃないかと思いました。今回のクレイグ=ボンドも実は本名はチャールズとかジョージとかトムとかで、ジェームズ・ボンドという名は実はビジネスネームではないのかと。こう考えると過去のシリーズとの辻褄も合うし…合わんか。すいません。