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カジノロワイヤルの手帖

banのスットコドッコイ映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

超絶の長回し『トゥモロー・ワールド』

映画

トゥモロー・ワールド プレミアム・エディション [DVD]
監督:アルフォンソ・キュアロン。出演:クライヴ・オーウェンジュリアン・ムーア。時は西暦2027年。全人類からなぜか生殖能力が失われてしまい、過去18年間子供がまったく生まれていない世界。なので「世界最年少の男」が死んだりするとまるでダイアナ妃が亡くなったときみたいに全世界が涙にくれる、そんな世界。すでに主要国のほとんどは壊滅状態にありますが、なぜか英国だけはなんとか国家としての体を保っており、テロで荒れまくる国内の治安維持と、押し寄せる不法入国者への対処にキューキューとしております。主人公のセオ(クライヴ・オーウェン)はそんな希望もクソもない世界で生き腐れていましたが、これでも昔は反政府活動家としてブイブイゆわせていたのです。ある日別れた妻で今は反政府組織のボスであるジュリアン(ジュリアン・ムーア)が接触してきます。「なんだよう今更」と持ち前の仏頂面でいぶかっていると、ある不法入国者を安全裏に某所へ送りたい。ついては通行証がいるから何とかしてくれ、と別れた妻のおねだりとしては勘弁してほしい類のお願いです。ええーなにそれーと思わなくもないセオですが、そこは昔のよしみと少しの未練。結局何とかしてあげるのでした。しかしその当の不法入国者いったいなぜコイツが?といぶからざるを得ないアフリカ系の娘っ子ひとり。行きがかり上同行することになったクライヴ君ですが、ここからが彼のとんでもない道行の始まりでした…。


映画は、いま現在の我々からみて近未来が舞台ですが、全体の雰囲気は実に重苦しく、垂れこめた曇天と荒みきった街並み、色彩の薄い映像が逃れがたい終末感を醸し出しています。TVでは楽に死ねる薬のCMが流れ、テロは頻発し、英国政府は不法入国者を弾圧して、もはやこの世に明るい未来は望むべくもないことが画面の端々から伝わってきます。子供が生まれないということは、あと50年もすればこの世は病と老人の世界となり、そして100年もすれば人類は滅びるということで、その奈落へ向かって滑り落ち初めているのが今である、という状況が映画の中に積み上げられてゆき、観ているこちらも心が寒々としてまいります。


で、このあと、彼らの乗っている自動車が大変な事態に陥るわけですが、このシーンをはじめとした長回し鬼の凄まじさ。長回しでガンアクションを行うことの技術的な難しさはちょっと想像すれば判りますし、かつてそれを気合で実現した映画もありましたが(ジョニー・トーの『ブレイキング・ニュース』とか)、この映画はそれを遥かに凌駕した驚異の長回し地獄。長回しが開始すると同時にカメラは観客の目へと変化し、映画を観ている自分がまるでその中に入り込んだような錯覚に陥ります。その映画の中で起こっているのが凄絶な銃撃戦であったり目を覆う暴力描写だったりで、いったいこの凄絶なアクションをどうやって長回しで撮ったのかと背中に戦慄が走ります。これは凄い。並の監督がこれを撮れと言われたら即座に心が折れるレベル。このシーンだけでもこの映画を観る価値があります。


その長回しの凄まじさと衝撃的な展開で、この自動車内のシーンは観客に大きなインパクトを残すのですが、実はこれとてほんのプレリュード。例のアフリカ系の娘が隠し持っていたある秘密とは…?これが明らかにされるシーンでは、私も思わず居住まいを正しました。ここからがこの映画の本気です。ストーリーをこれ以上語るのは避けますが、この終末感におおわれた世界で、終盤に起こる「ある奇跡」は、そこに至るまでの壮絶な銃撃戦(ここの長回しも凄まじい)も相まって、観る者の心を大きく揺さぶります。命をつないでゆくということがこれほど愛おしく、希望を秘めたものであったとは…。こう感じるのも私が子持ちになったからでしょうか?長回しによる驚異的な映像体験と、あまりにも愛しく小さな希望。ディストピアSFとしてだけではなく、映画としても稀に見る傑作です。


ブレイキング・ニュース [DVD]

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