カジノロワイヤルの手帖

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根源的にこわい『鬼婆』

鬼婆 [DVD]
監督:新藤兼人。出演:乙羽信子、吉村実子、佐藤慶。ときは南北朝の昔。茫々とススキの繁る野原に一人の嫁(吉村実子)とその姑(乙羽信子)ありけり。姑は嫁を従えて彷徨い来たる落武者を殺し、武具甲冑を剥いで売りさばき糧となせり。嫁の夫、すなわち姑の息子はいくさに取られ、二人の女はその帰りを待ちわびて日々を過ごしけり。しかして息子は帰らず、共にいくさに取られし近隣の男(佐藤慶)のみ帰りぬ。男は後家となりし嫁の色香に迷いて、これを執拗にナンパせり。女、初めは拒みたるものの、かねてより続きし男日照りに耐えかね、ついに男と関係を持つに至りて、夜な夜な姑の目を盗みて男の小屋に通えり。これを知りし姑は嫉妬に狂い、嫁のハッスルタイムを邪魔せんとして先回りし、鬼の面をかぶりて鬼婆となり、男のもとへ走る嫁の前にうちいでたり。嫁は驚き怯えて家に逃げ帰りける。…さて、この三人の愛憎の行く末はいかに…。


ビョークが幼少の頃に観て衝撃を受け、ウィリアム・フリードキンが自らのホラー映画ベスト13選に挙げ、サム・シェパードがリメイクを企んだという世界的なカルト映画がこれですよ。いやあ確かに子供の頃にこれ観たら泣くよ。特に乙羽信子の姑がこわい。あの柔和な素顔からは想像できない凶悪な眼ぢからが全編に炸裂しており、濃すぎる目張りも相まって映画全編に視線のレーザービームが乱舞しています。そしてドスの効いた喋り方。あーこいつは人を殺すことをもはや何とも思っていないのだ、と思わせる肝の座りっぷりが話し方からにじみ出ていてこわい。さらにこういう怖い人が嫁の情事を覗きみて体が火照ってしまい悶々として「ああーん」とか言いながらそのへんの木に抱きつく、というような戦慄のシーンがあったりしますので観ている方は変な汗が垂れます。そうでなくてもモロ乳放り出して目をギラギラさせながらその辺うろうろしておられますからやはりこわい。老いかけた女のエゴ、妄執。この年になってもまだくすぶっている生と性への執着。そういった中年女の生臭い部分を全身で演じきっておられます。監督の新藤兼人にしてみれば乙羽信子は自分の妻ですからそのへんの描写にまったく遠慮がありません。他の女優さんだったらここまでギトギトの描写は出来なかったかも知れない。ザ・夫婦愛。ダイソーのPOPもビックリです。


一方嫁の吉村実子と男の佐藤慶は、鬱屈していた性欲をお互いにぶつけ合ってある種のモンキーと化し、昼に励み夜に励み、勢い余って夜の原っぱを全裸で駆け抜けたりするのでした。あらあ若いっていいわねえー。おまえら持て余しすぎだろう。佐藤慶にいたっては悶々とし過ぎて地団駄を踏んだり原っぱを転げまわったりして雄叫びをあげます。中学生かと。


『鬼婆』というまんが日本昔ばなし的な、あるいは枯れ切って荒涼としたタイトルに反して、この映画は実に生臭い人の営みを直球で描いてまして、最低限の出演者で人間の生命力を力強く描いています。奪うために人を殺し、むさぼり食い、飲み、いぎたなく眠り、そしてさかりまくる。それは良い悪いを通り越して、人間って突き詰めればこういうもんなのよね、という真理をパワフルな描写を通じて観客につきつけてきます。こうしたギラギラした生命のぶつかり合いが至るところは、結局のところいがみ合い…?ですよねー。というわけで詳しくは省きますが最後は嫁の怒りが姑に爆発の体で罵倒と暴力の花が開くのでした。が、物語はさらにおぞましい結果に…。


この映画のポイントは鬼の面です。鬼の面というのはただ見た目が怖いだけではなく、それを被っている人間の心の一番えげつない部分の視覚的な象徴となっており、その分怖さがブーストされております。本来顔を隠すものである仮面が、それを被る人間の本性を暴くという、この逆説。この面が出てくるシーンの、深層心理に訴えかけてくるような根源的な怖さは特筆ものです。文化の異なる外国でも評価されているのは、この映画の恐怖がより根源的、原始的なレベルで人間に訴えかけてくるからではありますまいか。そりゃー理屈抜きでこわいよね。