カジノロワイヤルの手帖

banの映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

「五つの時計」鮎川哲也

五つの時計―鮎川哲也短編傑作集〈1〉 (創元推理文庫)
「黒いトランク」を再読して、その人智を超えたアリバイトリックに唸ったオイラは浪漫堂店長おススメの短編集「五つの時計」を購入。店長、いつもお世話になってます。こんど「黒い白鳥」「憎悪の化石」「死のある風景」あったらお願いします。


いや話がずれましたが、旧「宝石」の編集長を務めていた江戸川乱歩が、当時期待の新人だった鮎川哲也に実績を積ませるべく同誌に立て続けに書かせた短編が中心に収録されています。全編乱歩によるルーブリック(紹介文)付き。これを読むと当時の鮎川に対する乱歩の並々ならぬ期待が垣間見えるのですが、それに作品でキッチリ応えている鮎川も凄い。本格推理ものの短編集としては稀に見る充実っぷりであります。


傑作ぞろいのこの短編集、アリバイくずしものは鬼貫警部、犯人当てものは星影龍三、というように探偵役を使い分けています。鬼貫ものでは鉄壁に見えるアリバイをほんのわずかなの手がかりから崩してゆく「五つの時計」、やはり鉄壁のアリバイがある逆転の発想により崩される「早春に死す」が鮮やか。アリバイ崩しものの推理小説はともすれば時刻の羅列になる味気ないものになりがちですが、この二本はそれを超越して論理の見事さとプラスアルファのアイディアが素晴らしい。


星影ものでは密室ものの「道化師の檻」、嵐の山荘ものの「悪魔はここに」も忘れがたいですが、やはりハイライトは犯人当て小説として読者に挑戦する「薔薇荘殺人事件」。これ、実際に問題編と解決編を分け、解決編に添えて花森安治による犯人当ての答案も載っているのですが、花森回答が見事に犯人、トリックを見破っております。勝負で言えば花森安治の勝ちとも言えますが、他の解釈が成り立つ余地のない緊密な問題編を書いた鮎川が試合に勝ったという見方もできます。あと、花森回答のほうは事件のロジックではなく小説のロジック(あきらかに怪しい人物は犯人ではない、作者がある点の描写に執拗にこだわっている、などの点)によって犯人を絞っているので、花森回答の方は少々アンフェアとも言えますね。


ともあれこれで鮎川ファンになったオイラ。ちょっと前までは作品がずいぶん入手しにくかったそうですが、最近は光文社文庫創元推理文庫から諸作が出ているので有り難い時代になったものです。