カジノロワイヤルの手帖

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だだ漏れる執念『JUNK HEAD』(2021)

 

 

監督(およびその他ほとんどの工程):堀貴秀。人類は遺伝子操作によって永遠の生命を得た代わりに、生殖能力を失ってしまいました。一方地下深くでは人工生命体マリガンが繁殖し、独自の生態系を形成していたのです。人類は事態の打開にマリガンの遺伝子情報が必要と目をつけ、一般人から探検要員を募って地下に送り込んでいます。それに志願したのが主人公。ポッドに搭乗して穴に投下されますが、マリガンたちから攻撃を受けた彼は爆破され頭がもげてしまいました。それを拾ったマリガンの博士はその頭に機械の体を与えます。使命を思い出した主人公はミッションを完遂すべく、奇怪な生命体がうごめく地下世界に潜っていくのですが…。

 

 

というダークでグロテスクなお話を、100分のストップモーションアニメで描く作品です。古今ストップモーションアニメの名作はいろいろありますが、長編となるとグッと本数が減るのはやはり尋常でない制作の手間ゆえでしょう。近年はコンピューター制御の技術向上により相当効率化されているはずですが、それでも1秒の映像を撮るのにモデルを動かしながら24枚のコマ撮りを必要としますからやはり気が遠くなるものがあります。それを100分作るとなると、100分×60秒×24フレーム、つまり144,000枚の撮影が必要なわけで、さらにカットを割りつつ、動きも計算しつつ、ときにNGも出しつつ、となるとそれはもう膨大な手間としか言いようがなく、根気がいくらあっても足りる気がしません。並の根性なら一日でギブ。

 

 

とはいえコマ撮り専門の制作スタジオもあるくらいですし、蓄積されたノウハウの上でなら、今やそれほどの困難事ではないのかもしれません。ただし、経験を積んだプロの集団が、十分な技術と設備と資金と時間を得た上で、の話ですが…。

 

 

それを、経験のなかった一個人が、ほとんど一人だけで作ってしまった(!)という、まさに、まことに、掛け値なしに、正真正銘の、トンデモナイ映画がこの『JUNK HEAD』です。 144,000枚の撮影を仮に1日24枚こなしたとして、単純に6000日かかる。ちょっと考えただけでも脳のシワから煙が立ち上る物量です。実際は撮影に7年かけたそうですから、もう、なんというか、生活の大半をこれにつぎ込んだであろうことは想像に難くなく、どうやって制作意欲を長期間保てたのかとか資金どうやったんだろうかとか支援してくれる人はいたんだろうかとかちゃんとご飯食べれてたんだろうかとか、いろんな懸念や心配が脳裏に満ち溢れてきて最後にはなんかもう単純に尊い…有り難い…と行者を拝むインドの民のようにひれ伏してしまう。さらにキャラクターデザイン、脚本、絵コンテ、ミニチュアやセットの制作はおろか、音効、声優、音楽まで自分でやってますから、おそるべきDIY精神。自主制作の極北です(※とはいえさすがに一部は経験のあるアニメーターが協力している模様。あと音楽と声も)。

 

 

細やかな動作、セットの緻密さを見よ!

 

 

というだけでも十分どうかしているのですが、それを驚くべきハイクオリティでやってしまったのがこの映画の凄まじいところで、ダークでグロテスクなキャラクターたちは生き生きと動いて思いがけないほど可愛げがありますし、脱力のギャグシーンもあれば少年ジャンプもかくやの熱いアクションもありとエンターテイメント性もバッチリ。一方で神秘と虚無を感じさせる背景美術や、ふしぶしに深い闇を感じさせるディティール(時々出現する主人公の素顔の生々しさと、それがまとう深い虚無感を見よ!)も充実しており、人類存続の鍵をもとめて深淵に飛び込んでいくという神話性のあるストーリーもあって、アートフィルムのような前衛性も持ち合わせています。

 

 

一人でよくぞここまでやった、というよりは、一人だからこそ思う存分自分の思い通りにこだわって作ることができた、と言ったほうがいいかもしれません。7年間、一個人が己のヴィジョンに忠実に没頭した結果がこの凝縮された100分であって、もしこれが分業で作られていたら、世界観がブレたり、制作費がかさんだり、仲間の離脱で制作が頓挫したり、というような結果になっていたかもしれない。そういう意味では一人で作られるべくして作られた映画ということもできます。が、それがどれだけ困難なことか。そう思うと執念が全カットからにじみ出ているように思えてなりません。

 

 


だだ漏れる執念

 

 

その映画を支えているのは、ただ完成させるために前に進む不屈の意志で、それだけですでに称賛に値しますが、さらに映画自体のクオリティが水準を遥かに超えるもので、そのすべてをひっくるめて、これぞまさしく才能、と呼ぶほかはない。

 

 

惜しむらくは、構想が長大なため今作だけですべてを描き切れていないことで、これは続編が制作されるべきことを意味します。というかこの上まだ作る気なのか!どうかしてる!もうこの作者が恐るべき才能と情熱の持ち主であることは疑いようがないので、心ある投資家の皆様におかれましては、どうか資金を出して制作を助けてあげて欲しい。理想的なのは金は出すけど口は出さないタイプの投資家。脇からいらん口をはさむとそれだけで制作が止まりそうな孤高の作家性だけに、長い目で見守ってあげてほしい。そこのアラブの石油王の皆さんどうですか!あと、クラウドファウンディングがあるなら自分も微力ながら協力したい所存です。

 

 

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