カジノロワイヤルの手帖

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最近観た映画のメモ(2023/11 その2)

『レッド・サン』(1971)監督:テレンス・ヤング(11/18)

 

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初見のはずだけど一部シーンに既視感があり、たぶん幼少のころテレビの洋画劇場で目撃したんじゃないかな。ウルスラ・アンドレスが濡れた革紐を首に巻かれて炎天下に放置され死にかけるシーン。なぜだろう。エロかったからかな。内容ですが、明治維新直後の日本から米国に親善に来たお侍様御一行が列車強盗に遭い、天皇から預かった献上品の宝刀を奪われてしまいます。侍の三船敏郎は奪還の命を受け、強盗仲間に裏切られ死にかけたチャールズ・ブロンソンを案内役に巻き込み、裏切り者のアラン・ドロンを追跡するのでした。という西部劇の珍品。この手の洋画にはトンチキな日本描写がつきものですが、そもそも三船プロがあっちに売り込んだ企画だけあってそういうところが殆どないのが逆に見どころ。それにしても、三船、ドロン、ブロンソンという三大スター揃い踏みという事実だけでもうお腹いっぱいで、よくもまあこの3人が一つのフィルムに揃ったなとそれだけで画面を拝んでしまう。監督は007などで有名なテレンス・ヤングですが、正直ちょっと演出にキレがないというか、ほのかな雇われ仕事感がにじむタッチで無念です。とはいえ三船とブロンソンが反目しつつ追跡行を続けるうちにお互い憎めなくなり、最後に友情が芽生えてしまうあたりは解りきった展開とはいえ熱いものがあります。アラン・ドロンは珍しく悪役ですが、やはりスターであるためか完全な悪役には徹しきれず、最終的にどっかから湧いてきたコマンチ族の皆様がやられ役にされちゃうのは1971年当時だと致し方ないのかも知れません。それを含めてラストの展開も首をひねるところはありますが、この三人がそろって西部劇に出ている、というところに今となっては大変な価値がありますね。

 

 

 

暗殺の森』(1970)監督:ベルナルド・ベルトルッチ(11/19)

 

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初見。前々から観たかったところに「午前十時の映画祭」で4Kレストア版が公開されたのでいそいそと劇場へ。第二次大戦前夜のイタリア。主人公のマルチェッロは人並みの男になりたいという一心で、結婚をし、当時のイタリアで幅を利かせていたファシスト党に入って秘密警察の任務に着きます。そして反ファシストの言動を繰り返しているかつての恩師の暗殺を命じられるのでした。しかしそもそも確固たる信念を持って入党していないもんですから肝心の現場では固まるだけで何もできません。そして時は流れて終戦を迎えファシスト党は瓦解して…。という話ですが、ちょっと前のヨーロッパ映画にありがちなハイコンテクストさがこの映画にもあり、前提となる歴史的背景への理解が必要で、字幕だけでは掴みきれない登場人物の心の機微があり、さらに入り乱れる時系列という語り口もあって、我々日本の観客には適切な解説がないとなんなのこの映画?みたいなことになりかねないので、鑑賞前にそのへんを予習しといたほうがよろしいかと。

 

主人公が周囲への同調にことさら執着して全体主義に加担するのは、実は少年期のトラウマや精神病の父の存在からくるコンプレックスを解消するためなのですが、この病理は全世界的に右傾化、タカ派化が進んでいる現在こそ意識されるべきでしょう。素晴らしいのは画作りで、光と影を自在に操って陰影の動きを巧妙に演出に取り込んでいます。また戦争前の退廃した文化を美しく描いており、ヨーロッパの黄昏という言葉がよく似合う、一種の滅びの陶酔みたいなものを実によく描き出しています。特に中盤の女同士のダンスシーンの妖艶で美しいこと!ドミニク・サンダステファニア・サンドレッリがすごくいい。このシーンだけでこの映画を観る価値あり。できるだけ画質の良い環境で観ましょう。

 

 

 

 

『野火』(1959)監督:市川崑(11/22)

 

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初見。第二次大戦末期、フィリピンのレイテ島で日本兵が味わった戦場の地獄をつぶさに描いた映画です。暑さ、病気、怪我、飢え、そして愚昧かつ理不尽な作戦にボロボロにされた兵卒たちが、どんどん人間性を失って正気と狂気の境界をゆらゆらと漂うという余りにも重たい映画で、主演の船越英二が正気なのか狂気なのか曖昧な表情で森を、泥濘の中を、死体の山のなかをふらふらとさまよう様子は地獄絵図のひとこと。戦争映画ですが勇ましいシーンは皆無で、ただただ泥にまみれた餓鬼のような兵卒たちが食物をもとめてゾンビのようにさまよい歩き、一線を超えて人肉に手を出す者まで出てきます。船越英二は最後の最後で人間性を捨てない選択をしますが、そのためには味方を殺さねばならず、絶望した彼は遠くに見える野火を見て、そこにあるであろう普通の人間の生活に戻りたいと切望し、待ち構えるゲリラに殺されるとわかっていながらそこに引き寄せられていくのでした。終戦からまだ14年、現役でそこにいた世代が作った映画であり、迫真性という面ではもう現在から手の届きようのない領域にあります。そのリアリティで描かれるこの世の地獄。しかもそれは自然でも超自然でもない他ならぬ人間によって作られ、しかも作った当事者ではない者たちがそこを彷徨させられるという大不条理です。体調の良いときに観ましょう。

 

 

 

『皇帝のいない八月』(1978)監督:山本薩夫(11/23)

 

皇帝のいない八月

 

初見。自衛隊内部の右派がクーデターを画策。福岡から東京に向かうブルートレイン(懐かしいな!)に爆弾を仕掛け占拠し、臨時の軍事政権樹立からの憲法改正を狙うのであった、というポリティカル・フィクション。事前に駄作という評判を聞いていたので全く期待せずに観たんですが、それがかえって良かったかもしれない。いや細部は首をひねひねしてしまう箇所だらけで、日本全国で決起した部隊がどれもこれもあっさり武装解除されちゃったり、政府側が早々にクーデターの計画書を手に入れながら列車の占拠を見落としたりと、観客の期待に応えそうで応えないフェイント展開が光ります。しかし、78年松竹の超大作らしい重厚な演技陣が画面の隅から隅まで詰まっており、あ、こんなところにあの人が、というおせちのおかずを数える的な楽しみ方が可能。胃もたれ起こしそうなオールスターキャストのなか、光っているのは首謀者の右翼を演じた渡瀬恒彦。右翼のファンタジーを訴えるときの狂った眼光がコワい。元特高自衛官三國連太郎。黒幕を拷問するときの静かな凄みから終盤の半狂乱へと振れ幅広い演技。政治家の愛人の太地喜和子。この当時30代半ばくらいなのに、妖艶さ、酸いも甘いも噛み分けた立ち居振る舞い、自分の運命を悟ったときの動揺と諦観の表現力が凄い。この三名が際立ってます。主演の吉永小百合も当時30代前半かな。従来のイメージを壊すようなシーンもありますが、夫の渡瀬恒彦へのアンビバレントな感情についていまいち脚本の筋が通ってないので説得力に欠けるちょっと損な役回りでした。