カジノロワイヤルの手帖

banの映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

最近観た映画のメモ(2023/11)

崖の上のポニョ』(2008)監督:宮崎駿(11/4)

 

崖の上のポニョ [DVD]

 

実は初見。内容をほぼ知らずに観たんですが、こんな不穏な映画だったの?魚が魔法の力で人間になって好いた男の子と一緒になる、というメルヘンチックなストーリー、可愛らしいキャラクターに絵本のような美術、華麗な動画。にもかかわらず最初から最後まで薄ら怖ええのは一体なぜなのか。ちょっと言語化しにくいですが、現代の日本が舞台でディティールも日常のそれなのに、どことなく浮世離れした雰囲気があり、そのズレがどうにも不穏。特に街が水に浸かった後半から「じつはこれ全員死んでんじゃねえか?」と思うようなあの世感が画面のはしばしからにじみ出ています。ポニョは大変可愛らしいキャラクターですが、ときおり見せる人外としての不気味さがある。主人公の宗助君もまだ5歳なのに歳不相応な落ち着きがあってさては前世の記憶でも残ってんのかと思うことがある。圧巻なのが途中からでてくる海の母で、その登場の仕方と圧倒的な佇まいは神々しさと禍々しさを兼ね備えており怒らせたら人間なんて一瞬で水没させそうな凄みがある。そういう不穏な空気をはらみながらも表面的な物語はほのぼのしたまま進行してゆくその断層に深い闇が感じられます。なのにぱっと見は可愛らしく、動画もすごい。津波の上を人間体のポニョが疾走するシーンは本当に素晴らしく、どこを切ってもハヤオ印の大スペクタクルですが、映画の盛り上がりとしては中盤のこのシーンがマックスであとは5歳児が涅槃めぐりするようなシーンがラストまで続く、という異形の映画でした。

 

 

 

アメリカン・ユートピア』(2020)監督:スパイク・リー(11/5)

 

アメリカン・ユートピア (字幕版)

 

初見。デヴィッド・バーンの同名アルバムを元にしたブロードウェイのショーを収録、編集して映画化したもので、トーキング・ヘッズ時代から近年に至るまでの曲で構成された100分余りのパフォーマンスですが、これが圧巻。説明するのももどかしいので動画を見ていただきましょう。

 

 

こんな感じで舞台の上を奏者が動きまわり、ときに踊り、ときに歌い、統制された動きと演奏と照明で観るものを圧倒します。「でもこれ録音でしょ〜?」と思う人には中盤で「違うんだよ〜」と生演奏であることを証明して見せるなどの周到さ。デヴィッド・バーン本人もそうですが、世界各国から集められた演者は高い演奏能力に加えて踊って歌えるという完璧さで、才能のある人間の凄みに口あんぐりです。人間の可能性って本当に無限だ。生まれたばかりの赤ん坊は脳のシナプスが全部繋がっているのですが、実は成長に伴ってどんどん接続が切れていき、残ったそれが人格を形成するそうで、つまり天才の状態で生まれた赤ん坊はどんどんバカな大人になっていくのです、という話から入り、移民社会であるアメリカ、意外と低い選挙の投票率、差別への怒り、といったトピックが散りばめられます(まさにトランプ政権下のアメリカで作られたショーという点に留意)。そして、人間はバカになってしまうけど、失われた接続の代わりに、我々は互いに繋がることができるのだから悲観することはないのだ、という結びへ。こういったメッセージを、てらいも力みもなく、きわめて自然に打ち出してくるところが大変素晴らしい。かと思えば観客も一体になって歌ったり騒いだりとライブの楽しさもちゃんとある。すごく良かったですね。これはまた観たい。選挙の前にみんなに観てほしい映画です。

 

 

 

雨月物語』(1953)監督:溝口健二(11/8)

 

雨月物語

 

初見。つーか初溝口。勉強不足ですね。上田秋成のあまりにも有名な古典怪談「雨月物語」から「蛇性の婬」「浅茅が宿」の二本を一本に脚色して映画化。日本国内より海外での評価が高く、オールタイムベストには常連のようにランクインするほか、ゴダールやスコセッシといった錚々たる映画人に影響を与えたことでも有名です。題材からしていかにも幽玄な日本的幻想譚かな〜、とシンプルに考えてましたが、どっちかというと戦乱に蹂躙される庶民(とくに女性)の悲哀を描いた映画でした。何と言っても田中絹代がよい。金儲けに走って家を出たままの夫を待ち続ける、という制作当時の女性観に基づく役ですが、そんな時代性を超えてにじみ出てくる聖女感。そういう設定のキャラクターとはいえ、並の役者なら「当時はこういう耐える女性が当たり前だったのね」となっちゃうところを、現代の目からみても「なんちゅう素晴らしいお人や…」と納得させる時代を超えた善性をしみじみ体現しています。また、その夫をかどわかす姫役の京マチ子。このひと実は亡霊なんですがメイクのせいでリアル能面みたいな顔になっており、こ、こわい!言い寄られた夫役の森雅之もタジタジです。でありながらいまにもマリモ羊羹のようにブリ剥けそうな色気に満ちており、さぞ海の向こうの観客を魅了しただろうと思わせます。

 

 

 

『めまい』(1958)監督:アルフレッド・ヒッチコック(11/11)

 

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30年ぶり2回目。追跡中の事故が原因で高所恐怖症になってしまった元刑事。旧友の「妻の様子がおかしいので尾行してくれんか」という依頼にいやいや応じましたが、その妻がなんだかフラフラして海に飛び込んだりしますから思わず助けてしまいました。それをキッカケに妻との距離が縮まりついには岸壁で砕け散る波をバックに熱いチューなど交わす仲になってしまいます。しかし希死念慮の止まらない妻は発作的に塔から飛び降りてしまい、元刑事は高所恐怖症のためそれを止められず、深い罪の意識にさいなまれるのですが、しかし…というミステリー。やはり時代が時代なので、前半のメロドラマ部分が今の目からみるとちょっと悠長ですが、後半話が急展開してカメラマンが死んだ人妻への執着を隠さなくなってからはニューロティックなサスペンスが盛り上がります。普段はアメリカの良心みたいなイメージのジェームズ・スチュワートが真顔で詰め寄ってくるのはいかにもコワイ。オープニングや夢のシーンのサイケデリックな映像(1950年代でこれはなかなか凄い)、有名な「めまいズーム」、口づけを交わす二人の周りをぐるんぐるん回るカメラ、と映像テクの限りを尽くした演出が光ります。ジェームズ・スチュワートの病的な執着が醸し出す得も言われぬ不気味さ、気持ちの悪さはこれヒッチコックの性癖を見せられてんじゃないかという疑惑も。金髪美女がたいそうお好きな方ですからねえ…。